第一話 アタックロイド
頭のいいバカがわちゃわちゃするだけの話です
現代ダンジョンものという、あまりにも使い古されて誰が発端になったかわからないジャンルがある。字面の通り、「もしも現代において、ファンタジー溢れるダンジョンが発生したら」を描いたものだ。
ネット小説でじわじわと広がりを見せていたそれは、どうやらネットの中では飽き足らず、現実となって襲い掛かった。
世界各地で、突発的にダンジョンらしき異空間…「異界」が発生するようになったのだ。
人々の多くは、空想が現実になったことに歓喜を見せた。
うだつの上がらない日々、変わり映えのしない社会、たまる鬱屈。その全てが、異界の出現によって一変するかのように思えた。
しかし、いつの時代も現実とは無慈悲なものである。
突如、メッセージウィンドウが表示されるなんてこともなければ、自分の能力が数値化されて出るわけでもない。異界に蔓延る魔物を倒せど、能力が上がるわけでもない。
それなりの変化はあったが、現実はどこまで行っても現実であった。それはもう悲しいほどに。
銃弾すら通さない皮膚を誇り、死ねば何も残さない魔物。たまに見つかる技術的に使えない武具や、読んでもてんでわからない魔導書。
結論を言えば、異界が齎したのはトラブルだけだった。
とは言え、各地を侵食する異界にてんで無力だった、というわけでもない。
巻き込まれた一般人が異界を攻略し、消滅させたという報告が相次いだのだ。
異界は攻略すれば消滅する。ただでさえ島国で少ない土地をやりくりしている日本は、この吉報に希望を見出した。
異界騒ぎが起きて三ヶ月目。国は異界攻略専門業者を事業として認める旨を発表し、更にはそれを取り締まる公的機関を作った。
その中でも特に注目を浴びたのは、異界攻略の配信許可。
痛快に異界を攻略していく様は人々の心を掴み、一大ジャンルとして動画サイトのトップに躍り出たのである。
が。無論その変化についていけない…というか、ついていきようのない人間もいるわけで。
その最たる例が私…冬島 久音である。
私の特筆すべき身の上を語れば、技術職夫婦の間に生まれた技術者サラブレッドということくらいか。
人並みに山あり谷ありの20年を送ってきたが、満たされた人生とは言い難い。
私には幼い頃より抱き続けている夢があった。
体の作り以外は人と変わらないアンドロイド。その実現である。
きっかけは動画サイトだったと思う。
暇つぶしに見た、歌唱用音声ソフトウェアを無理やりに喋らせた日常系劇場。ソフトウェアのイメージキャラクターが家庭用アンドロイドとして実在し、購入者を「マスター」と呼び慕うのが常識となった空想の世界。
私はそれに憧れた。いや、恋焦がれたと言って差し支えない。
しかし、その実現には未だ漕ぎ出せていなかった。
設計図はある。AIも完成してる。資材も一通り揃ってる。
だが、肝心の設備がない。組み立てようにも必要な機械がない。なんなら組み立て中の部品を置く場所もない。
言い訳がましく思えるだろうが言わせてほしい。なにも無計画だったわけではない。
機械も場所もアテはあったのだ。ただ、そのアテが使えなくなってしまった。
親が趣味用に持っていた工房が異界化した。
夢の実現へ漕ぎ出そうとした直後にその知らせを聞き、私は膝から崩れ落ちた。
業者に聞いたところ、工房を飲み込んだ異界はかなり深く、生息する魔物も軒並み危険度が高いものらしい。
攻略となるとある程度の日数が必要とのことで、他の依頼との兼ね合いを考え、数年待って欲しいと頼まれた。
「そんなに待てるか」と思い、紹介された他の業者をあたったが、どこもかしこも同じようなことしか言わない。なんなら最初の業者が一番早く終わる可能性まであった。
業者への総当たりが終わる頃には、私は怒りのあまり携帯を握りつぶしていた。親からはドン引きされた。
つまるところ、「面倒な案件だから」とたらい回しにされた挙句、放り出されたのである。これで怒るなという方が無理な話だ。
しかしだ。どれだけ怒り狂えど、私に異界攻略の術はない。数年のお預けが我慢ならなかった私は強硬手段に出た。
「………ほん、ほん。…銭の匂いがする企画じゃのう。乗った」
「しゃァこなくそォ!!」
「うぉびっくりした」
銭ゲバが行きすぎて起業した悪友にダメ元で出資を願ったのだ。
そうして人類初のアンドロイド開発に着手。しかし、当初予定していた生活の補助を目的としたものにはしない。
私の燃える怒りは、夢を目前で取り上げた異界、そして面倒だからとたらい回しにしてくれやがった攻略業者へと向いていた。
「プロダクトナンバーAR01、アタックロイド『青刃 サキ』、起動しました。
今後ともよろしくお願いします、マスター」
そんな私の怨嗟と情熱が実を結び、異界攻略専用機『アタックロイド』が完成したのだ。
アタックロイド1号機「青刃 サキ」のコンセプトは「実直な性格の女侍」。
その開発は困難を極めた。
ボディに関してはすでにあった設計を少しいじっただけで済んだし、武装も刀剣をそのまま引っ張ってくるだけだったのですぐに完成した。
問題はその中身。AIの反逆だとか、そういうSFじみた話ではない。
「ふっ!」
「………ダメだな。異界の魔物には通じない。
ラーニング元が居合道じゃ無理か…」
「や、やっぱりですか…」
必要なのは、剣術のデータ。それもただ剣道や居合道をラーニングさせればいいわけではない。魔が渦巻く異界を生き残れるほどの高度な剣術が必要だった。
しかし、異界攻略を生業としてるものに「お前の仕事を奪う機械にお前の剣術を学ばせるからデータ取らせてくれ」なんて言えるわけがなく。
どうしたものかと途方に暮れていると、それを見かねたであろう父がある人を紹介してくれた。
父の同級生、その奥さんだという女性。
警備会社で働いているという彼女が披露した剣術は、あまりにバケモノじみていた。
「ここまでが基本の立ち回りだな」
「………サキ、これ再現したらどうなる?」
「駆動系は全部イカれますね…」
それこそ、アタックロイドで再現しようものなら、ありとあらゆるパーツがイカれるくらいには。
設計からやり直しと言外に言い渡された私は咽び泣いた。オーバーホールを言い渡されたサキが申し訳なさそうだったのが余計に心に来た。違うんだ。私の見通しが甘かっただけなんだ。お前が負い目を感じる必要なんてどこにもないんだ。
そんなこんなで試行錯誤を繰り返す事、半年。今度こそ、アタックロイドは完成した。
「やった…!やりましたよ、マスター!…あれっ、マスター?聞いてます、マスター?」
「……………」
「も、燃え尽きてる…!?」
これぞ私の夢。私の怒り。少しばかり形は変わったが、私はやりきったのだ。
感動のあまり気絶してしまったが、確かな満足、達成感がそこにあった。
……いや待て?本当にやりきったのか?
思い出せ。あの動画に出ていたキャラクターは1人だったか?
たった1人のキャラクターが、マスターなるのっぺらぼうと毒にも薬にもならないやり取りをしていたか?
否、違う。焦がれた動画には、何人ものキャラクターが登場し、和気藹々としていた。
今やソフトウェアのイメージキャラクターは100じゃ足りない程の人数を誇っている。それに並びたいとは思わないのか。
ここで情熱を終わらせてなるものか。私の夢をここで終わらせてなるものか。
情熱を燃やし、私は次なるアタックロイド作製に取り掛かった。
「あのぉ、マスター?工房の異界、どうするんです?実際に異界攻略して性能テストするって話ですよね?命令しないと攻略できないように設定したのマスターですよね?もしもし?マスター?」
「おーい。このバカみたいな数の特許、国外申請するんじゃろ?契約上、お前持ちの特許なんじゃぞ?手続きお前がしにゃならんのじゃぞ?もしもーし?返事しろー?」
何か忘れてるような気がするが、この情熱と比べれば些細なこと。気にするまでもない。
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『えー、本日未明、M市内で新たな異界が確認されました。場所は大宮町…』
「あの、マスター…?あそこ、借りてた工房ですよね…?」
「………………」
翌日。試作に入ろうと悪友に借りた工房は異界と化していた。
そういや異界攻略のために仕様変更したんだったわ。忘れてた。