北へ ― 物語は語られる
仲間たちの想いが交差する中、ひとりの男が長く封じてきた記憶へと沈んでいく。
それは、旅路の途中で避けて通れない――過去との対峙だった。
オメガワンの残した小さな気流が水分を散らし、間を姿もなく何かが抜けていく。
熱気を帯びた機体に触れた水分は蒸気となり、虹を描いて消えていった。
消失感を漂わせた空間は、ただ無言の時を刻む。
オメガワンは北極線へ向け、静かに航路を走っていた。
コックピットの空気が、少しだけ沈む。
セシルは小さく息を吸い、遠い過去へ意識を沈めた。
重い空気の中、セシルがゆっくりと口を開く。
「皆の過去だけ知りえて、自分だけ語らぬのは筋が通らない。それに……ルクジム。エリシアの件を語るなら、今しかあるまい。」
「コクピットの皆や、マイクを拾っている各々。御耳汚しを許してください。」
そう呟くセシルの瞳は、友との別れを噛みしめていた。
「……セシル。」
二人は、知らぬ間にその名を呼んでいた。
ルクジムは深く頷き、ヌエは静かに目を閉じた。
(友の語る、長きにわたる孤独の物語。聞き逃すわけにはいかぬ。)
マイクの先――アリア、スーマ、リリアンも静かに耳を傾ける。
ロンドン本部で通信を聞くリリアンは、白い指で自らの手首をきつく握りしめ、青白い画面を見つめていた。
文明と呼ぶにはまだ幼く、貧富の差が大きかった時代――
その両手と喉元に真紅の鮮血を滴らせた若き吸血鬼が立っていた。
「フフフッ……生まれた記憶など無いが、この力、他の生物を凌駕する膂力。誇らしいぞ。俺は世界の頂点に居る。」
傲慢なる若き吸血鬼の足元には、まだ温かい骸が転がっていた。
吸血鬼とは本来、このような者なのだろう。
彼らは不死ゆえに繁殖能力を持たない――生物という概念に反する存在。
その名は――セシル・ノクターン。
彼は17世紀を彷徨っていた。
「血の匂いがすると思い来てみたら……魔女狩りか。魔女裁判やら同族をいびり殺すとは、低能な生き物だな。」
放浪するセシルの目に入ったのは、貼り付けられて焼き殺された女性の変わり果てた姿だった。
「魔女などと曖昧な存在に決めつけるくらいなら、俺がいっそのこと全て貴族人形にしてやろうか?」
軽蔑の言葉が、流れるように滴る。
ルイ13世が統治するフランス、華やかさと残酷さが混ざり合う17世紀――
文明は大きく開花の時を迎え、栄華な表面と混沌の裏が浮き彫りになっていた。
「流れる時代 ― 混沌」へ続く。




