龍の心臓 ― 父の大岩
月の力と父の力が調和し、血脈の宿命が安堵へと変わる。
寺院を包む空気が、朝の陽光とともに温かさを増していく。
表舞台の生命たちが、活発に踊り始める。
鳥のさえずり、風のさざめき、木々の揺れ――すべてが目覚めの祝福を告げていた。
真理を悟った息子――ルクジムは、憎しみで己を保っていた現実を受け入れ、
新たな父への敬愛の心が、静かに胸を満たしていく。
彼の体内に渦巻いていた月の力が、初めて、慈無の愛という「父の力」と調和し、深く安堵の息を吐いた。
真相を語り終えた金長は、一息ついて、再び口を開いた。
「慈無に許された時間は、五十年に一度の一年間のみじゃ」
「“残空”と名を改めた己の武術に触れ、書物にしたため、ヌエに手ほどきをし――短い時間を、生き急いだ」
「ヌエは“残空”を習得しながら、慈無に直接手ほどきを受けた、稀有な存在よ」
茶を一口すすり、金長は続ける。
「そんな折じゃ――白銀の髪、透き通るような白い肌。あんたの母が現れたのは」
「すべてを理解しているという彼女の言葉を、誰も疑う者はいなかった。そして――鳴門の渦潮のように、二人は惹かれ合った」
椀を静かに置き、金長は最後に語った。
「……慈無は、再び“大岩”となった。後のことを、未来に託してな」
……ひりついていた空気は、いつの間にか暖かな息吹へと姿を変えていた。
セシルは静かに茶を見つめながら、ルクジムの横顔を見守っていた。
憎しみを手放すその瞬間、彼の瞳に宿った光を、彼は決して忘れないだろう。
静かな朝の光が、寺院の一室に柔らかく差し込む。
と、その時――
障子の隙間から、ぬらりと湿った影が伸びた。
水掻きのある手が、スーマを掴む。
「ウワーー!!」
スーマが悲鳴を上げる。
「すまんすまん。びっくりさせて」
掴んでいたのは、河童のアオトだった。
「っんだよ!脅かしやがって!……おめえは」
スーマは画面をチカチカさせながら、アオトを凝視する。
「俺はアオトだ。河童だよ」
ニコニコしながら、アオトはスーマに話しかける。
「俺んちは代々、同じ名前――“アオト”なんだぜ」
「アンタ、人間好きの悪魔なんだってな」
アオトは嬉しそうに語る。
「そうだけど、それが何だよ!……どっかユルんでんのか?」
スーマが気難しそうに返す。
「俺たちの家系もな、人間が大好きなんだ。よろしくな」
そう言って、アオトはぴょこりと頭を下げて帰っていった。
場の空気が、少しだけ和らぐ。
「せっかく旅の疲れを癒してもらっているところを、悪かったのう。我々は引き上げるので、ゆっくり休んでくだされ」
金長の言葉に、ヌエも静かに立ち上がり、部屋を後にした。
パウラの日記
20××年 10月1日(水)
朝晩がすっかり冷え込んできた。
最近はなんか、パーッとしないなー。
ルクジムさんたちは、何にも言わないで次に日には居なくなっちゃうし。
二人共、L〇Ne交換したのに誰も送って来てくれないし…
私、気にされてないのかな~?(涙)
ココの所、町では大きな野犬が出たとかの噂を聞くし滅入っちゃうな~
……でも、昨日の夜、裏の林で何かが鳴いた気がする。
気のせいかな。
「剣山 ― 二人の契約者」へ続く。




