慈無 ― 語られる真実
朝の光が差し込む寺院。
慈無の名が告げられ、ルクジムの父の真実が明かされる。
東の空が白み始め、陽光が差し込む。
鳥たちが輪舞を描き、小動物たちの鳴き声が静寂のベールをそっと開いていく。
セシルたちが休息を取る寺院の一室では、緊張を孕んだ会話が続いていた。
遠い目をしながら、ヌエが静かに語り始める。
「師匠――慈無は、唯一無二の存在だった。漆黒の体毛に黄土色の瞳。ニホンオオカミの人狼。満月の下では、その瞳が琥珀色に輝き、彼に右に出る者はおらず……正に最強の鬼神と化した」
スーマの画面に「!」マークが飛び交う。
「おい、それって……」
下を向いて黙るルクジムを見ながら、セシルが静かに言葉を紡ぐ。
「慈無――彼は、ルクジムの父君です。」
静寂が落ちた。
風の音すら、部屋の外で息を潜めている。
「エリシアは、ルクジムを身ごもる前から……その未来を予知していた」
セシルの声は穏やかだが、奥に痛みが滲んでいた。
重い沈黙が、部屋を包んだ。
「エリシアは、ルクジムの誕生を予知していた。オルド・アークを抜け、遺跡で暮らしていたある日、彼女は忽然と姿を消した。そして前触れもなく、出産を終えた後に戻ってきた」
セシルの瞳には、切なさが滲んでいた。
「聞くと、エリシアはラクザムにルクジムを預けて戻ってきたと。“これからの惨劇を見守ってほしい”と……」
「彼女は詳しく語らなかったが、すべてを予知し、最善を選んだのだと。すべては、わが子ルクジムと“ヴェイルの血”のために」
セシルは、ルクジムに向き直る。
「彼女は、“ヴェイルの血”を消し去らねば封印が開かれるという事実を承知の上で、君を生んだ。ヴェイルとして、母として――その葛藤の末に」
……
「その決断から、君を守り抜く未来のために、エリシアは奔走した」
「そんな彼女が私に、“将来愛する人の名は慈無”、そして“わが子の名はルクジム”と、伝えていた」
ルクジムは、そう語るセシルを見ながら、冗談めかして言った。
「俺が生まれなければ、話は簡単だったのにな……」
「ルクジム!!」
温厚なセシルが、激高した。
「すまない、セシル。そんなつもりじゃなかったんだ」
普段と違うセシルの反応に、ルクジムはすぐに謝る。
だが、その目は曇ったままだった。
「母が亡くなった時、父――慈無は現れなかったと、爺ちゃんに聞いてる。そして、爺ちゃんが亡くなった時も……来なかった。便りの一つもない。あいつにとって、俺たちは家族じゃないんだ」
スーマも口を開けられないほど、重い空気が部屋中に満ちていた。
遮光された部屋に、朝日の芳香が微かに鼻をかすめていく。
静かな光が、重く沈んだ空気にそっと触れる。
「月による力の強大化は、ヴェイルの血ではなく――慈無の血。神の残響を守る力なのだ」
そう語るセシルの表情は、どこか儚げだった。
「それでも……声を聞いたこともない、顔も見たこともない。母や爺ちゃんの死にも反応しない。あいつは……他人でしかないだろ」
ルクジムは悲しげに呟く。
ヌエが少し焦った顔で話に入る。
「無縁ではないと思い、話をしたが……まさか御子息とは……」
空気が重く、ひりついた感覚が部屋を満たしていく。
その緊張を破るように、襖が静かに開いた。
「立ち聞き、申し訳ないが――その話、真実を語らせてもらいたい」
襖が開き、金長狸が姿を現す。
その眼差しには、長き歳月を背負う者の重みが宿っていた。
静かに下座に座った金長は、神妙な表情で語り始める。
「少し長い話にはなるが……」
「今より九十余年前――」
畳に落ちる陽光が、金長の顔を半分だけ照らした。
この阿波の国では、六右衛門狸が妖たちを統べておった……
わし、金長はその六右衛門の弟子に当たる。
正一位の称号を得た頃――
わが師、六右衛門は性格がかなり残酷で、わしとは意見が合わなくなっていった。
当時、日本国では地震をはじめとする霊脈由来の災害が頻発していた。
龍の心臓の力でなんとか凌いでいたが、六右衛門はそれに無関心で、話を聞こうとしなかった。
業を煮やした者たちが、金長派と六右衛門派に分かれ、本格的な合戦が始まった。
その頃、慈無はわしの竹馬の友であり、妖の間では無双の武人として名を馳せておった。
六右衛門はそれに対抗すべく、西洋から助っ人を呼び寄せた。
それが――猛虎の武人、ラクザム。
その戦力加入により、合戦は均衡し、長期化した。
やがて、慈無とラクザムの一騎打ちで決着をつける運びとなり――
その戦いは、二日間にも及んだ。
勝敗はともかく、六右衛門はそれを機に歴史から姿を消した。
慈無とラクザムは、戦いののち意気投合し、己を高め合う友となった。
武功を重ね、互いに尊敬し合う仲となったのじゃ。
そうして程なくして、ラクザムは故郷へと帰っていった。
だが――この地の災害が収まったわけではない。
二人の激闘で地盤が傷つき、寺院地下の大岩が悲鳴を上げておった。
そして、ついに――
龍の心臓を収める神霊を宿した大岩が崩れ落ち、地脈が暴れ出した。
崩壊を防ぐため、慈無は我が身を地脈と同化させ、大岩となりて龍の心臓を抱え込んだ。
それが、先だって見せた――同化しかけた龍の心臓の大岩じゃ。
……神の感謝か、気まぐれか。
はたまた、不憫に感じたのか――
慈無は、五十年に一度だけ、生身に戻れる身となった。
その時、彼は――お主の母と出会うことになる。
ルクジムは息を呑んだ。
体中の血が凍りついたようだった。
憎しみが、一瞬にして深い悲しみと、途方もない尊敬の念へと変わり、瞳の奥が熱くなる。
(俺は……父さんを、ずっと誤解していたのか。)
ルクジムとセシルは、言葉もなく、心の中で、あの荒縄で奉られた大岩が、慈無の身体そのものであることを理解した。
「龍の心臓 ― 父の大岩」へ続く。




