龍の心臓 ― 嵐の前の静寂
朝露の寺院。
そこで告げられる“慈無”の名。
物語は、血脈と歴史の交差点へと進む。
森の木々が、朝露の呼吸を始める。
鳥の羽ばたきが一つ、遠くで響き、東の空がわずかに金を差した。
封印を宿した祭壇が祀られる、隔離された寺院。
セシルたちは、金長の厚意により、イギリスからの長旅の疲れを癒すため、部屋を借りていた。
その静寂の中、スーマがルクジムに話しかける。
「なあワン公、さっきヌエってのが言ってた“残空”ってやつなんだが、微かに検索にヒットした」
画面を斜めに傾けながら、スーマは続ける。
「簡潔にまとめると、日本に古くから伝わる戦闘武術の基礎となった“歩法”の源流みてえなもんらしいぜ!」
天井を見上げながら、ルクジムがぼそりと呟く。
「っと言われてもな……俺は物心つく前から、爺ちゃんに教えられてただけだからな」
その言葉に、セシルが静かに割って入る。
「私の知る限りでは――人虎ラクザムは、ルクジムの父上と義兄弟の契りを交わした仲だと、エリシアから聞かされましたが……」
ルクジムの顔に、怒りの色が滲む。
「父親のことは何も知らないし、聞きたくもない!」
ルクジムの拳が、畳を静かに叩いた。沈黙が部屋の温度を下げる。
その反応に、セシルとスーマは顔を見合わせる。
いつもとは違う、ルクジムの感情がそこにあった。
……その時、襖の向こうに微かな気配が走った。
「ごめん!」
――襖が開いた。
立っていたのは――カラス天狗のヌエだった。
「立ち聞きする形になってしまってすまん。その話、我らと深い繋がりがある」
機嫌の悪そうなルクジムが、短く返す。
「なんだよ?」
ヌエは一礼し、畳を跨いで三人の前に座る。
「猛虎の武人、ラクザム――久しく忘れていた古の武士。そして……もう一人。漆黒の嵐、“慈無)”」
その名に、空気が一瞬張り詰める。
「“慈無”――あの方は、我らが“残空”の始祖にして、師匠でもある」
ヌエの瞳には、師に対する深い敬意と、遠い過去へのノスタルジーが宿っていた。
その言葉に、ルクジム、スーマは静かに耳を傾ける。
セシルは顎に手を当てたまま微動だにしなかった。
「師・慈無が編み出した源流術は、我らカラス天狗に受け継がれ、“残空”と名を変えた。その技の原理は、徳川を裏から支えた影の御庭番衆や忍びにも受け継がれていった」
語り終えると、ヌエは静かに目を開け、ルクジムに向き直る。
「おぬしがどう思おうと――慈無殿の技は、日本に深く根付いている」
――その静けさの裏で、外の風がわずかに鳴った。
「慈無 ― 語られる真実」へ続く。




