剣山 ― 龍の心臓
池が開かれ、岩戸が動く。
それは封印ではなく、大地の命そのもの。
風もないのに、行燈の明かりが瞬いていた。
油の焦げる匂いが、岩肌の湿気と混じり合う。
炎は呼吸をするように揺らぎ、見る者の意識を遠くへ誘う。
階段の両脇は、剥き出しの岩が牙のように並び、足音がそのたびに低く反響した。
「この下へ?」
ルクジムが金長を見る。
金長は小さく頷き、階段を下りていく。
しばらく下ると、周囲の温度が急激に低下し、湿度が肌にまとわりつくようになった。
やがて階段は、静まり返った澄み渡る池の前で途絶えた。
スーマが沈黙を破る。
「こん中に封印があるのか?」
「アオト!」
ヌエが池に向かって呼びかける。
しばらくの沈黙の後、水面に静かに浮かび上がる影が現れた。
河童――
日本の伝承に幾度となく登場するその姿。
頭に皿、背中に甲羅、緑色の体色にクチバシ。
浮かび上がったその姿は、まさに伝承そのものだった。
「アオト、開けておくれ」
金長が静かに語りかける。
アオトは小さく頷き、両手を大きく左右に振った。
すると、池の水が生き物のように渦を巻き、両脇の岩に吸い込まれていく。
「どういうカラクリだ……?」
スーマの画面が「?」で埋め尽くされる。
「ゴゴゴゴゴゴ……」
水の引いた奥の岩戸が、重々しい音を立てて開いていく。
「さあ、お入りなさい」
金長が手招きする。
セシル、ルクジム、スーマは互いに顔を見合わせ、頷いて中へと足を踏み入れる。
その空間は、様子が一変していた。
大気は澄み、緑の芳香が漂っている。
静まり返った空間に、微かな振動――まるで鼓動のような波が伝わってくる。
その先にあったのは、荒縄で編まれた綱で奉られた、赤黒く古代の血脈のように呼吸するように光る“龍の心臓”。
それは大地と同化しかけており、太古からの地脈の脈動を、その場で受け止め続けているかのようだった。
「これが龍の心臓じゃ。我らは、これを命がけで守っておる」
金長は真剣な眼差しで語った。
「地震大国と呼ばれるこの日本国――世界的にも稀有な霊道と地脈が交錯する場所が点在する地じゃ。その圧力の吹き出し口が、火山となる」
龍の心臓を見つめながら、金長はヌエ、アカ、アオトと目を交わしつつ語り始めた。
「龍の心臓は、それらの波動を抑え込んでおる。これが失われれば、この島国は地脈の力で崩れ去る。亜細亜の根幹を揺るがす災害が、世界を飲み込むであろう……」
金長は哀しげに目を閉じ、しみじみと語る。
「一年で最も暑い真夏の猛暑の日に、人々が妄信的に阿波踊りを舞うのは――地脈への鎮魂の祈りなのだ」
ヌエが静かに補足する。
「この意味を、理解してもらえるかのう?」
金長が問いかける。
彼の顔には、この使命を何百年も背負ってきた、深い疲労が刻まれていた。
セシルは、深く息を吐きながら答えた。
「……封印は、すべてを集めて初めて力を発揮するものだと、早計に考えていました。その苦悩と苦節の日々――想像に耐えがたい」
彼の言葉には、労いでは済まされない重みが込められていた。
「一つの封印に、これほどの効能が秘められているとは……それを押してまで龍の心臓を移動させる道理は、ありません」
ルクジムも口を開く。
「何度も言うが、俺たちは“集める”ことが目的じゃない。“守る”ことが目的なんだ。それに……ここにあるのは、封印じゃねぇ。大地の『命』だ。」
「実際問題は、奴ら――オルド・アークの契約者から死守できるかだ!」
スーマが画面を黄色に染めながら叫ぶ。
「是非も無し。守護できぬなら、この国が亡ぶのじゃ」
金長の声が、岩壁に吸い込まれるように消えた。
次の瞬間――地の底から、鈍く重い“ドン”という音が鳴った。
それは、龍の心臓が今も生きている証のように、静かに、しかし確かに響いていた。
「龍の心臓 ― 嵐の前の静寂」へ続く。




