地質学研究所B1 ― 結界で隔離された部屋
結界とARが融合した空間の奥。
そこに待つのは、放射と契約の狭間にある“命”の問い。
暗闇を切り裂くライトの光が交錯する。
その光に照らされ、舞い上がった埃がマリンスノーのように静かに漂っていた。
異常性を孕んだ敵の深部で、滑稽なほどの優雅さ――それは、静寂の中に潜む狂気だった。
左右を警戒しながら、エドが低く呟く。
「この施設に入った時から、何かがおかしかった。敷地内に入った途端、あらゆる通信手段が外部と遮断された。だが、敷地内での無線は普通に使えた。ジャミングじゃない……これは、もっと根深い何かだ。」
スーマが画面を解析モードに切り替えながら答える。
「敷地内は結界の中だ。このARも、結界技術と融合した代物だな。」
ルクジムが深呼吸をし、スーマに問いかける。
「で、このARに浮かぶ装置……どうやって動かすんだ?」
スーマが難しい顔で答える。
「直接触れねぇし、入力コンソールもねぇ。あとは……音声入力か。」
静まり返った暗闇の倉庫の中、スーマの画面に浮かぶデバイスだけが、不気味に存在感を放っていた。
「とりあえず、やってみるか。」
スーマが画面を赤く染め、検索を開始する。
しばらくして――
スーマが、別の声で喋り出した。
それは、聞き覚えのある、忌まわしい記憶に刻まれた恐怖の音階。
「……我はバレン・アドニスモ伯爵。扉を開けよ。」
‼
「おい、それって……!」
ルクジムが思わず声を上げたその瞬間、赤いスキャナレーザーがスーマの本体を照射し始めた。
スーマが呟く。
「……デビルズの宿り元まで承認データの対象か。」
埃が僅かに歪み、画面に「承認」の文字が浮かぶ。
何もない空間の数メートル先――
縦と横に走る不規則な光の線が現れ、やがて形を成していく。
それは、当初は映像のようなゲートだった。
だが、徐々に実体を持ち始め、現実に置き換えられていく。
結界の奥に隠された“扉”が、今、開かれようとしていた。
不規則な光の線が壁面に走り、やがて格子模様となって空間に浮かんだ。
空気が歪み、低いうなりが床下から伝わってくる。
その網目がひとつに結びついたとき、扉の“形”が現実に落ちてきた。
「おい、これはどうなってるんだ……?」
漆黒の空間に突如現れた大型ゲートを前に、エドが慌てたように声を上げる。
見たこともない文字が浮かび、脈打つように妖気を纏うその構造は、まるで生きているかのようだった。
「パクトユニット以上の契約者権限が必要だったんだな。」
スーマが画面にニヤリとした表情を浮かべる。
「俺様は元バレン・アドニスモ卿と契約していたデビルズ。バレンの登録が残ってたのは意外だが……これで中に入れるぞ。」
スーマの声と共に、ルクジムとエドがゲートを開く。
「……ゴ、ゴ、ゴ、ゴッ……」
呆れた顔でエドが言う。
「お前らのやることは、まったく理解を越えてやがるぜ。」
二人は周囲を警戒しながら、ゆっくりとゲートの中へと足を踏み入れる。
混沌という言葉が脳裏をよぎる。
赤黒い光が空間を染め、空気の濃度が一気に倍増したような重さが身体にのしかかる。
鼻を霞める血の香りに混じって、獣の臭気が流れ込んできた。
スーマが画面を黄色に染め、呟く。
「良いことと悪いこと、どっちから聞きてぇ?」
突然の問いに、ルクジムとエドが顔を見合わせる。
エドが肩をすくめて答える。
「……良い方だけにしといてくれ。」
スーマが話す。
「まず、この中は結界で作られた別空間。密閉どころか、存在する場所そのものが違う。」
ルクジムは喉の奥に鉄の味を感じながら、息をゆっくり吐いた。
エドが眉をひそめる。
「それのどこが“良い”んだ?」
スーマが続ける。
「つまり、ここに核燃料があっても、地域への汚染も被爆も心配しなくて済むってことだ。」
……
「じゃあ、悪い方は?」
ルクジムが険しい顔で問いかける。
スーマの声が、少し沈んだ。
「……その理由から、この中では放射物質に対する対策が取られてない可能性がある。入れるのは契約者のみ。つまり、俺たちはここに踏み入れた瞬間から、すでに被爆してる可能性があるんだよ。」
……⁉
ルクジムの腕に、じわりと鳥肌のような痛みが走った。
それは、皮膚の奥から細胞が蝕まれていくような、鈍く重い痛みだった
空気が濃い。
何かが体内に染み込んでくる感覚。
言葉を失った一行は、前方に続く通路へと歩を進める。
ルクジムが、暗い目でエドに話しかける。
「……エド、巻き込んだ形になったな。すまない。」
エドは肩を揺らし、苦笑する。
…この期に及んで、他人を心配するなんてな。
お前さんたちリバースは、俺が知っているどんな人間よりも、人間らしいんじゃないか…
「ふん……お前さんが助けてくれなきゃ、とっくに死んじまってたんだよ。……しかし、あんた、人間より人間臭いな。」
その言葉に、ルクジムは少しだけ目を細めた。
ルクジムはかすかに笑い、視線を前に戻した。
胸の奥に、久しく忘れていた温度が残っていた。
この空間の中で、確かに“命”が交差していた。
「地質学研究所B1 ― 封印された核燃料実験施設」へ続く。




