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ロンドン―セシル・ノクターン卿(後編)
ロンドンの夜空は、雲の切れ間から月が覗き、街の灯りが霞のように広がっていた。
その空を、黒い影が音もなく滑るように飛んでいく。
セシル・ノクターン卿。
その姿はまるで夜の一部であり、風と一体化しているかのようだった。
コートの裾が風に揺れ、胸元には小さな輸血パックが収まっている。
中には、つい先ほど“丁寧に”いただいたばかりの、温かい人間の血。
「ふむ、AB型。やや鉄分が多めだが、悪くない。」
彼は一口頬張ると、満足げに微笑んだ。
その表情には、飢えを満たした安堵と、どこか誇らしげな気配があった。
彼は決して人を襲わない。
恐怖を与えず、礼を尽くし、対価を払い、堂々と血を得る。
それが、現代社会における“紳士的吸血鬼”の流儀だった。
「さて、次は……ルクジムの様子でも見に行くとしようか。」
彼の視線の先には、遠くに広がる街の影――
そのどこかに、もう一人の異端者が、孤独に身を潜めていた。
「交わらぬ視線」へ続く。