終焉の使い ― 世界が静止する時
世界の境界が静かにきしみ始めていた。
その光の向こうから迫る“何か”は、
まだ名も形も持たぬまま、確かな運命だけを帯びて落ちてくる。
...
隔離された世界を嘲笑うかのように、オーロラが裂け、形を歪めていく。
天と地の境界が曖昧になり、光は悲鳴のようにうねっていた。
輝きを増す二つの光体が、一直線に――ギャオへと急接近していた。
その頃、断層の深層へと向かうヌエも、言い知れぬ胸騒ぎを覚えていた。
「……動けるようになるまで、時間を使いすぎたな。」
「この嫌な予感……一刻も早く、皆の元へ戻らねば。」
封印の眠る断層最深部。
冷え切った空気の中で、カリースが何かを悟ったように口を開いた。
「……オルド・アーク。」
「書類上は、完全に政府系の異常事象対策機関だ。」
彼女の声は静かだが、どこか決意を帯びている。
「職員の大半は、自分たちが“組織の中核”だとは知らない。」
「ロンドン異常事象対策局という“表の顔”で働く、ただの一般人だ。」
「数万人規模の下部組織も存在するが……彼らもまた、自分たちをマフィアやシンジケートのような非合法組織だと誤解しているに過ぎない。」
「結局は――」
「皆、“上の命令に従っているだけ”の人間だ。」
饒舌な語り口は、いつになく真剣だった。
「……今さらね。」
ミラが苛立ちを隠さず呟く。
「各国機関なら、その程度は把握している。」
カリースは、ゆっくりと顔を上げた。
瞳孔が、蛇のように細く収縮する。
「ならば。」
「オルド・アーク――カウンシル・オブ・アークの最高指導者。」
「実質的に、組織の全権を握る二人の正体なら、どうだ?」
その言葉が落ちた瞬間、時間が裏返ったような感覚が、そこにいた全員を貫いた。
断層を乾いた風が走り抜け、反響は金属音のような不快な共鳴を生む。
「……それが分かれば……」
ノイズ混じりのスーマの通信が擦れた音に変わる。
「……詰み状態のこの局面を、動かせる可能性が出てくる……。」
セシルはカリースを見据えた。
額には大粒の汗が滲んでいる。
「カリース……お前……。」
彼女は淡々と語った。
「一人目――ルベインホルト・バスターク二世。」
「ゲルマン系。ナチス・ドイツ第三帝国の思想を継ぐ狂信者だ。」
「祖先が地下組織として続けてきた“血統至上主義”を、現代科学と魔界理論で強引に結びつけている。」
言葉と共に、カリースの瞳に熱が宿る。
「もう一人――アラン・リックマン。」
「フランス旧貴族の血を引く家系だ。」
「フランス革命で全てを失い、没落した一族の末裔。」
「そのトラウマから“大衆による革命”を憎み、**『支配階級こそが世界を導くべきだ』**という思想に傾倒した。」
復讐を果たしたかのように、彼女の眼の熱は、すっと冷めていく。
「……もっとも、あの二人がいつまで手を組んでいられるかは見ものだな。血を信奉するバスタークにとって、リックマンは『没落した敗北者』に過ぎず、リックマンにとってバスタークは『教養のない狂信者』でしかない。奴らを繋いでいるのは、自分たち以外のすべてを隷属させたいという、傲慢な飢えだけだ。」
沈黙。
「……スーマ様……事実なら……。」
アリアが声を潜める。
「ああ。」
スーマの声に力が戻る。
「事実なら、各国が喉から手が出るほど欲しがる情報だ。」
「後は“大義名分”さえ用意できりゃ、国連は動く!」
ジョーとエドが顔を見合わせ、息をつく。
「……少し、出口が見えてきたな。」
だが――
「気を抜くな!」
ルクジムが叫ぶ。
「毛先の光が、強くなってる!」
「ジョーの傷もだ……何かが、近づいてくる!」
ヨハンスは無言で、ただ夜空を見上げていた。
その表情は、言葉より雄弁だった。
遠くで、ヌエが合流を急ぎ、歩を進めている。
希望が形を取り始めたその瞬間。
忍び寄る“不穏”が、それを飲み込もうとしていた。
裂けたオーロラの下、アルマンナギャオに、静かな嵐が再び巻き起ころうとしていた。
世界が―
静止する時が、迫っていた。
「降臨 ― 人工天使」へ続く。




