救われぬ運命 ― 来襲
世界のどこかで光が生まれ、どこかで闇が蠢いていた。
それらは互いに無関係のようでいて、
見えない糸で静かに結ばれ、ひとつの未来へと収束し始めている。
自然の猛威に抗う術を持たぬ小鳥たち。
情報の激流に身を委ねるしかない大国。
翻弄という名の慈悲なき絵巻に、命は等しく巻き込まれていく。
グリーンランド上空――
大気圏の境界に、二対の発光体が現れ、南東へと消えた。
直径わずか数メートル。
瞬きほどの時間。
監視機器は映像の乱れ、電波障害――バグとして処理し、
その異変はただ“記録”として刻まれただけだった。
夜明けまで、あと数時間。
ギャオ断層深部で明かされる真実に、オメガ・ラインは沈黙を強いられていた。
「……人工天使の身体が、ヴェイルの遺伝子を組み込んだ培養体だとして」
限界に近い精神を押し殺し、ルクジムが問いかける。
「……肝心の“命令核”は、どうした?」
カリースの瞳に、怒りとも諦観とも取れる光が宿る。
「命令核とは……遺伝子より深く、魂に刻まれた“神の欠片”だ。」
凍りつく空気の中、彼女は語る。
「オルド・アークは五十年前、アイスランドの氷河で――天使の遺体を発見した。」
「悪魔との交渉を経て、神の欠片の解析に踏み込んだ。」
「遺体の損壊は激しく、再生も培養も不可能だったがな。」
「……なら」
エドが割って入る。
「最近噂になってた“天使の遺体騒動”って……」
「情報が歪んだまま流出した噂話だろう。」
スーマが不安定な声で応じる。
「だが、その騒動のおかげで――お前、カリースの実体化の“偶然の確率”は、跳ね上がった。」
「ICPOまで、そんな古い亡霊に振り回されてたってわけね……」
ミラが乾いた笑みを浮かべる。
「フフ……察しがいいな、スーマとやら。」
カリースが視線を向ける。
「お前、二階層の悪魔――いや、バレンの融合元だったな。」
「なぜそこまで、同族を憎む?」
通信が一瞬、詰まる。
「スーマ様……」
アリアの不安げな声。
「……憎い? そんな安い言葉じゃねぇ。」
スーマの声は、嗚咽を含んでいた。
「この世界には……俺様に大事な感情を教えた魂の子孫がいる。」
「……大好きな仲間たちが、生きてんだよ!」
その声は、確かに泣いていた。
― オメガ・ライン本部 ―
「マスター・スーマ。」
NOAが静かに問いかける。
「なぜ、そこまで人間に固執するのですか。」
「説明なんて出来ねぇ!」
スーマは叩きつけるように叫ぶ。
「……お前には、まだ分からねぇんだ!」
(……人類とは、それほどまでに優先されるべき存在なのか……)
NOAの論理回路に、定義不能なエラーログが刻まれる。
マスター・スーマの激昂――その波形は、既存のデータのどれにも当てはまらない。
『優先順位を超越する感情』。
NOAは、自身の演算が予測できない領域に踏み込みつつあることを感知していた。
同じ頃、アルマンナギャオでは、ヨハンスがかつて感じたことのない圧を覚えていた。
「……何だ、この感覚……俺は……震えているのか?」
異変に、ジョーも反応する。
「殺気……? いや、違う。共鳴に近い……。」
「……恐怖と……懐かしさが、混ざってる……」
ルクジムの毛先が淡く輝き、ジョーの胸の傷跡も、呼応するように光を放つ。
「ルクジムの毛先と……ジョーの傷が……」
セシルの顔が強張る。
「……まさか……。」
その時、カリースはただ夜空を見上げていた。
アイスランド上空。
オメガ・ワンの広域レーダーが、大気圏内に出現した微小飛行体を捉える。
――だが。
その異常な速度とサイズにより、即座にロスト。
そして世界は、すでに気付き始めていた。
SNSのタイムラインには、
**ゴールデンサークルのオーロラの中を移動する“強い光の点”**が拡散され始めていた。
誰も、止められない。
誰も、逃れられない。
救われぬ運命が――
今、空から降りて来ようとしていた。
「終焉の使い ― 世界が静止する時」へ続く。




