人造の天使 ― 悪魔(デビルズ)と契約者
目には映らぬ“異変”が確かに近づいていた。
その気配を察した者たちは、まだ知らない。
これから語られる真実が、世界の形そのものを揺るがす引き金になることを。
真空に近い高空から、重力に引かれて大気の層を抜け、確かな質量を持つ“地”へと世界は落ちていく。
通信網は依然としてパンク寸前だった。
世界の神経系は過剰な情報に焼かれ、混乱の発熱を続けている。
「……オルド・アークの映像が流れて、もう六時間か。」
スーマの声は疲弊し、どこか遠い。
「SNSもニュースも“天使”の話題で埋め尽くされてやがる。」
「……各国政府からの公式声明は、依然として出ていません。」
アリアが冷静に補足する。
「そりゃそうだ。」
スーマは短く息を吐いた。
「この状況で下手なこと言えば、大暴動が起きかねぇ。」
「……つまり、俺たちも今は何も出来ない。」
ジョーが固形燃料の炎を見つめたまま呟く。
重苦しい沈黙が、周囲の空気を薄くしていく。
セシルは険しい表情のまま、カリースに問いを重ねた。
「人工天使も……元は人間なのか?」
「貴様たちの“予言者”と、関係しているのか?」
ルクジムの瞳が鋭く揺れた。
それまで薄く笑っていたカリースの表情が、すっと消える。
そして、ゆっくりと言葉を選ぶように語り始めた。
「……あの“天使”の肉体は、私と同じだ。培養された人工の人体。」
小さく息を吐く。
「契約者のように吸血鬼のDNAは上書きされていないはずだ。神側の存在――“天使”は、本来、光の恩恵のみを受け、闇を拒む。……偽物とはいえ、命令核を宿すには条件が厳しすぎる。」
カリースは振り返り、静かな視線を投げかける。
「……レルバドール家に伝わる、“ヴェイルの髪で作られた筆”が、今どこにあるか……知っているか?」
空気が凍りつく。
「……ま、まさか……。」
通信越しに、アリアの声が震えた。
「おい……それって……。」
エドが思わず言葉を漏らす。
全員が同じ最悪の想像を共有しながら、
それが嘘であってほしいと、無意識の祈りが胸を過った。
ミラは何も言わず、ルクジムを見る。
ルクジムの呼吸が熱を帯び、それをギャオを吹き抜ける冷たい風が、かろうじて抑えていた。
「……人工天使の培養体には、ヴェイルの遺伝子情報が使われているだろう。」
カリースは視線を逸らし、続ける。
「神の“残響”を宿した、唯一の血。……だからこそ、“命令核”を受け入れられる。」
沈黙。
「ファントムも、予言者も……その過程で生まれた“変異体”だ。」
「そして――パクトユニット最後の私が敗れた今、予言者の身柄も……保証できない。」
その声には、怒りにも似た悲しみが滲んでいた。
セシルは奥歯を強く噛みしめる。
唇に血が滲んだ。
「……この怒りと痛み、決して忘れはしない。」
ドン!
ジョーが地面を強く拳で叩く。
ミラとエドが、崩れそうになるルクジムの肩を支えた。
「……どこまで……」
「どこまでヴェイルを……母を弄べば、気が済むんだ……。」
振り絞られた声は、悲鳴に近かった。
悲しみと怒り、そして虚無を抱えたまま、夜明け前のギャオは低く、軋むような共鳴音を放っている。
「……カリース。」
場を切り裂くように、スーマが問いかけた。
「お前が生きていることを……カウンシル・オブ・アークは把握しているのか?」
カリースは、ほんのわずかに口角を歪めた。
「……さあな。」
「私が生きていれば、生きているほど……老害共にとっては“不都合”でしかあるまい。」
その言葉には、確かな予感が滲んでいた。
消えかけのオーロラが、かすかに脈打つ。
何かが、確実に――近づいている。
無人状態のオメガ・ツー。
警告ランプが――
一瞬だけ、赤く点灯した。
「救われぬ運命 ― 来襲」へ続く。




