オメガ・ラインの立場 ― 流れていく世界
境界の地に立つ者たちは、静かに迫る“次の波”を感じ取っていた。
その夜、赤く染まるオーロラの下で、運命は再び姿を変えようとしていた。
混乱した情報は増幅し、解釈の違いが新たな道理を生み、世界はそれぞれ異なる正義を携えたまま、深く沈み込んでいく。
雲ひとつない月夜は、真実を語らない。
ただ冷たい風を残し、どこまでも続いていた。
「……すでに一部の地域では、オルド・アークを“救世主”と崇める信仰集団が出始めている。」
スーマの通信は、疲れ切ったように低く響いた。
「ここで下手に動けば、衆目の前に引きずり出される。」
「そして行動次第じゃ……俺たちが“悪”として認定されかねねぇ。」
やるせなさを押し殺すように、スーマは続ける。
重苦しい沈黙の中、ミラが口を開いた。
「……納得できない。でも、話を戻しましょう。封印の“利用目的が違う”って……どういう意味?」
「思い出せ。」
スーマの声に微かな苛立ちが混じる。
「グレイヒル教会で、バレン卿が持っていた《聖者の刻》は――いつ消えた?」
「なぜ、あの時オルド・アークは影すら見せなかった?」
「ラデムもバイパーも、なぜワン公……ヴェイルの血の命を躊躇なく狙った?」
問いは、答えを必要としない形で投げかけられる。
「それは――」
アリアが静かに割って入る。
「オルド・アークが、封印を解く必要を失ったからです。」
一同が息を呑む。
「恐らく、彼らは調査の過程で各封印の特性を把握した。」
「《龍の心臓》は地脈の鎮魂。」
「《天使の涙》は物質世界と霊界・冥界の繋ぎ止め。」
「《聖者の刻》は、時空を彷徨う存在。」
「解除するより――そのまま抑止力として使った方が、遥かにリスクが低い。」
「“天使”という象徴が得られた今なら、なおさら。」
アリアの言葉に、スーマは吐き捨てるように付け足す。
「考えただけで吐き気がするがな。」
「じゃあ……」
ジョーが複雑な表情で呟いた。
「封印を解こうとしていたのは、カリースたちだけってことか?」
「パクトユニットと、オルド・アーク本体――思想が違っていた?」
エドの声には混乱が滲む。
通信の合間に、静かなノイズが断続的に走る。
世界の回線は今もなお、情報の奔流の中で擦れ合っていた。
「当初は一致していた。」
セシルが吹き抜ける風に顔を上げ、低く語る。
「封印を解き、上位悪魔を実体化する――その一点では。」
「だが、天使の出現が選択肢を二つに分けた。」
ルクジムが問いかけるように続ける。
「封印は守る。……じゃあ、天使はどうなる?」
その一言が、全員の呼吸を一瞬奪った。
「それが最大の問題です。」
セシルは夜空を見つめる。
「今、世界を騒がせている天使は――間違いなくオルド・アークの傀儡。」
「だが、民衆は。世界は。本質を知らない。」
「この状況で、我々が天使を攻撃すれば――」
「“悪の秘密結社”は、我々になる。」
「……後手に回るしかありません。」
その眼には、疲労と無力が滲んでいた。
その時。
足元を小さな風が撫で、静電気が乾いた音を立てた。
「パチッ……パチッ。」
全員が一斉に振り向く。
「……!」
視線の先に立つ、その影。
ほんの一刻前の戦慄と恐怖が、生々しく――そして不本意な形で蘇る。
「……面白い話をしているな。」
赤いひび割れを失い、ひと回り小さくなったカリース・ヴァングレアが、静かにそこに佇んでいた。
「き、貴様――!」
沈黙を保っていたヨハンスが、怒りに満ちた叫びを上げる。
セシルとルクジムは即座に構える。
だが、エド、ミラ、ジョーは状況を飲み込めず、呆然と立ち尽くす。
いつの間にか、オーロラは赤みを帯びていた。
強まる風がギャオの中心を駆け抜ける。
まるで――
天使の涙が、霊界の門の震えに必死で抗っているかのように。
「オルド・アーク ― 真実の行方」へ続く。




