封印の目的 ― 軍事バランス
遠く離れた地で起きた“光”は、希望ではなく新たな混乱の火種となっていた。
境界の地に立つ者たちは、その波がいずれ自分たちへ押し寄せることを、静かに悟り始めていた。
スマホ、PC――
あらゆる情報端末の画面が目まぐるしく更新されていく。
真実と虚偽が混じり合い、憶測と恐怖が拡散され、
ネットワークは情報の洪水に呑まれて麻痺状態へと陥っていた。
『#AngelsSavedUs』というタグが世界トレンドを埋め尽くし、広場には祈りを捧げる人々が溢れる。
その裏で、各国政府のホットラインは音を立ててパンクしていた。」
世界は、明確な答えを持たぬまま混沌に飲み込まれつつある。
スーマの通信回線も、その嵐に巻き込まれていた。
「……皆……ひと山越えた所で……悪いが……」
ノイズ混じりの音声が途切れ途切れに届く。
「……今、とんでもねぇ事が……起きた……」
「……このチャンネルはダメだ。周波数を変える。」
一瞬の沈黙。
次に通信が回復した時、スーマの声は硬く引き締まっていた。
「オルド・アークが……表舞台に名乗りを上げた。」
「……!!」
セシル、ルクジム、エド、ミラ、ジョー。
さらに遠隔で通信に参加しているカーロス、オメガ・ワンのクルー、
ベースキャンプの面々――
誰の声も、息も、一瞬止まった。
スーマは語る。
ギャオでの激戦とほぼ同時刻、中東――ユダヤ国家の軍事施設で起こった“天使の降臨”。
そして、世界へ向けたオルド・アークの声明。
「……戦いは、まだ終わってない。」
ルクジムが低く唸るように呟いた。
「封印は……諦めたのか?」
エドが問う。
「このままじゃ……世界大戦になる。」
ジョーの声は、戸惑いを隠せていない。
沈黙が、重く落ちる。
誰もが同じ不安を抱き、言葉を失っていた。
「スーマ……これから、私たちはどうすれば……」
ミラが不安を滲ませる。
直後、スーマの声が強く割り込んだ。
「慌てるな!戦争は、まだ起きねぇ。少なくとも――今はな!」
スーマは続ける。
「中東の“あの国”は、公式には核保有を公言していない。」
「史実や情報網じゃ周知の事実だが、建前では“持っていない”ことになってる。」
「日本のアイドルのスキャンダルと同じだ。」
「皆知ってる。でも、公式が認めなけりゃ“存在しない”のと同じなんだ。」
皮肉を交えつつ、声は徐々に低く沈んでいく。
「攻撃を受けたわけでもねぇ。」
「武器を盗まれたわけでも、データを抜かれたわけでもねぇ。」
「被害者も出ていない。」
「肯定も、否定も……何も出来ねぇ。」
「せいぜい“不法侵入”だ。そんな理由で報復戦争なんて、出来るわけがない。」
一息置いたスーマの声には、
“現実”を知る者の無力感が滲んでいた。
……しかし。
「それでも……」
スーマは言葉を強める。
「世界の軍事バランスは、確実に崩れた。」
「核保有を公言している国々――その“切り札”が、無意味になる可能性を、奴らは突きつけた。」
「国連も、大国も、情報網なら把握してる。」
「オルド・アークの所在地、表の顔、イギリスとの裏の繋がり……。」
「だがな――」
スーマは歯噛みするように続ける。
「公式な事件じゃねぇ。被害届もねぇ。」
「“起こった”けど、“起こったことに出来ない”。」
「だから、誰も手が出せねぇ……クソみたいな話だがな。」
そこへ、アリアの声が静かに割り込む。
「天使がオルド・アークの管理下にある証拠はありません。」
「“本物かどうか”すら、公式には語られていない。」
「そして――」
「民衆がどう受け止め、どう動くかで、全ての流れが変わります。」
ギャオを吹き抜ける風は穏やかだ。
だが、その空気はまるで世界の悲しみを宿した霊気のように、体温を奪うほど冷たかった。
「……封印の使用目的が違う。」
スーマは、過去を手繰り寄せるように呟く。
「カリースの考えてた“力”としての利用じゃねぇ。」
「奴らにとって封印は――支配の論理そのものだ。武器を持たせず、選択肢だけを奪う。」
セシルが静かに問いかける。
「……スーマ。」
「あなたの見解を、聞かせてほしい。」
遠く離れた二つの地点で起こった、忌まわしき出来事。
点だった災厄は線となり、線は面となって、世界全体を覆い始めていた。
猶予は、もはや残されていない。
アイルランド、オメガ・ラインキャンプの夜空。
輝くオーロラの下で、悪寒と恐怖が、静かに――そして確実に、交差していた。
「オメガ・ラインの立場 ― 流れていく世界」へ続く。




