怨恨、そして ― 厄催
夜空を裂いた閃光の余韻が、まだ大地に残っていた。
静寂の奥で揺らぐ影は、確かに次の脈動を孕み、
その先に待つ“もう一つの戦い”へと、世界をそっと導いていく。
SNSのタイムラインが目まぐるしく更新される。
無関係な場所から切り取られた映像と共に――**「人工衛星の墜落?」**の文字が躍っていた。
広範囲に引き裂かれた雲海は、静寂の時を取り戻していく。
閃光が咆哮となり轟いた大地では、耳鳴りと共に音が戻り、焼き付いた網膜に色が滲み始める。
霞む視界で状況を確認しようとするセシルとルクジム。
通信はまだ回復していない。
紫の巨体――ヨハンス・ギーツが横たわっているのが見えた。
微かに腹部が上下している。
「先ほどの岩石は、やはりトロルでしたか……あの体で無茶をしますね。」
セシルが呟く。
「ううっ……奴は、カリースはどうなった!?」
ルクジムが辺りを見渡す。
風の舞う音が強くなる。
耳鳴りのせいか――いや、違う。
地を這う稲妻が集まり、黒いシルエットが形を成していく。
カリース・ヴァングレア。
彼女は先ほどの大激突を耐え抜き、先に立ち上がっていた。
「おのれ……」
セシルの背筋に冷たい戦慄が走り、絶望が過る。
「なら今度は俺が!」
戻らない感覚のまま、金色のオーラを吹き上げるルクジム。
緊迫が時間を止めた瞬間、通信が回復した。
「やめろワン公!勝算ってのは作ってから実行がセオリーだぜ!」
スーマの声が二人を諫める。
カリースは動かない。
その表情は荒い息をし、額から鮮血を垂らしていた。
「子虫ふぜいが……やってくれたな。」
虚ろな瞳が痙攣し、雷が静かに集約されていく。
「モニター越しにも分かる。奴は苦痛を感じている。ダメージを負ってる。」
スーマの声が弾む。
「どうやらバイパーと同様、パワーに全振りしてるタイプか……再生が遅え。」
だが、カリースの頭上には再び雷雲が形成され始めていた。
「今決着をつけないと、チャンスは無い!」
ルクジムが叫ぶ。
「待て!さっきのナイトコード còig は消耗させるのが狙いだ。それは果たした。あと20秒……いや15秒、我慢しろ!」
スーマの声が遮る。
「スーマを信じよう。心を静めろ、ルクジム――最大の攻撃のために。」
セシルが見つめる。
…13
(水面を揺らすな。一滴の波紋になれ。その流れは無限に広がる。)
ヌエの言葉を思い返し、ルクジムは深く息を吸い込む。
…11
カリースは嵐の拳を再構築していく。
その表情には焦りの色が滲んでいた。
…9
「スーマ、頼むぞ。」
セシルが奥歯を噛みしめる。
…7
カリースの左右7~8メートル、二つの影が走り寄る。
…5
「間に合った!」
スーマが叫ぶ。
…3
「ザザンッ!」
二つの影――エドとミラ!
息を切らせながら駆け付けた二人は、オメガブレードを大地に突き立て、スイッチを入れて飛び退く。
…1
「これで終わりだ!」
カリースの手に嵐の拳が形成され、スパークする。
…0
「バリバリバリ――ッ!」
轟音と共に放たれたはずの雷は、カリースの眼前で左右に割れ、空中に吸い込まれていく。
「何!」
カリースが目を見開いた。
指先から放たれた必殺の雷光が、意思を失った蛇のように軌道を逸らした。
自身の絶対的な力が「物理法則」に屈した瞬間、彼女の支配に初めて致命的な穴が開いた。
その真下で、オメガブレードが蒼白く発光していた。
柄の先から細長い光の筋が揺らめいている。
「なるほど……読めた!ナイトコード ceithir!」
セシルが高らかに叫ぶ。
瞬間、時が静止する。
雪と氷の水分が急激に奪われ、乾燥の加速でセシルの唇が裂け血が滲む。
前方で急激な温度差による歪みが生じ、霧状の光が集約されていく。
ルクジムの肌がピリピリと引き連れ、喉が焼けるように渇く。
セシルの魔術が周囲の水分を根こそぎ喰らい、極寒のアイスランドに一瞬だけ**『死の砂漠』**が出現したかのようだった。
叫びと共に射出された ceithir は、カリースの頭上の雷雲を直撃した。
「シューッ!」
急激に冷やされた空気は上昇気流を失い、嵐はただの風に変容する。
「ルクジム!」
セシルの声と同時に、ルクジムが動いた。
「月影の呪牙――極!」
残像だけを残し、金狼がカリースの対角線を駆け抜ける。
「パパパパパーンッ!」
衝撃音が響いた時、ルクジムはすでにカリースの背後に立っていた。
だが黄金の輝きは失われ、琥珀の瞳が銀に戻る。
膝から崩れ落ち全身の力が、地面に吸い取られていく感覚だけが残った。
振り返るカリース。
笑みは無い。
だが、その体から徐々に打撃痕が光を放ち、形を現す。
一つ、二つ……九つ!
「ふふ……よく思い出したわ。」
そう呟き、カリースは大地に崩れ倒れた。
雷が、思うように応えてくれない――その感覚だけが、妙に鮮明だった。
「ズズズーンッ!」
その轟きは、遠い過去へと響いていく。
「大丈夫か?」
ミラとエドが駆け寄る。
後方にジョーの影も見える。
「ルクジムも無事みたいだぜ。」
エドが安堵の顔で話す。
ふとオメガブレードに目をやると、光の筋が細い線であることに気付いた。
その先に、不自然な歪み――QRのステルス機能。
「やっと気付いたか。誘雷用の電界センサー+サージアブソーバ搭載ドローンだ。」
スーマの通信が入る。
「大地に差したオメガブレードのスイッチで電界変動を発生させ、地表へアースする。
まあ、特性の避雷針だ。オッサンが速攻で気流を遮断して嵐を消してくれたから、スムーズに行ったぜ。」
少し力の抜けた声でスーマが呟く。
ギャオを照らすオーロラが過去から流れ、今を繋ぎ、未来へと旅立っていく。
疲弊の頂点に居る友たちの顔を、淡い光が静かに照らしていた。
しかし――断層の裂け目が形を変えるほどの衝突の影に、もう一つの戦いが続いていた。
「ギャオ ― 呪縛解放」へ続く。




