天使の涙 ― 守護者
世界の均衡を揺らす気配が静かに膨れ上がり、
その中心へと歩み寄る者たちの運命が、いま交差しようとしていた。
嵐が雪氷を巻き込み、白い竜巻を形成する。
その周囲を蒼白い稲妻が絡みつき、鈍い光を放っていた。
氷原は、世界の終わりを告げる舞台と化していた。
カリースの**嵐の拳(Tempest Fist)**が咆哮を上げる。
紫の巨大な影は、一撃目の直撃こそ免れたが、ダメージは絶大。
次の攻撃を避ける術は、もはやない。
「素直に退くか、滅びれば苦しまずに済むものを。」
冷たい声が、嵐の轟きに溶ける。
カリースの瞳は、悪魔の炎を宿していた。
雪煙が巻き上がり、一瞬視界が開ける。
そこに立っていたのは――巨人。
四メートルを超える紫の巨体、額に一つの大きな眼。
樫の木で作られた棍棒を握りしめる姿。
トロル。
北欧の伝承に語られる、自然を守る者。
そして――「天使の涙」を百年守護し続けた存在。
彼は岩や岩盤に擬態し、嵐をかわそうとする。
だが、カリースの暴風はその擬態ごと巻き込み、氷原を砕いた。
「ガハッ!」
次の瞬間、トロルは地面に叩きつけられる。
口から血を流しながら、必死に体を起こそうとする。
その視線は、倒れた地の奥――封印の眠る方角を外していなかった。
その背に、カリースが無情に歩み寄る。
――その時。
嵐の間隙に、低く鋭い詠唱が響いた。
「盟約に基づき、闇を執行せよ!」
カリースの足元から黒い影が立ち上がり、刃のように襲いかかる。
「ガガキンッ!」
涼しい顔でそれを叩き落とすカリース。
だが、その瞳が一瞬だけ揺れた。
「……この攻撃、覚えがある。」
かつて、自我と共に刻まれた記憶が、脳裏を掠めた。
彼女が視線を外した刹那――
「残空・八双飛燕!」
雄叫びと共に、黒い弾丸が嵐を裂いた。
「ドガガガガガッ!」
衝撃が氷原を震わせ、カリースの足が数歩後退する。
時が、一拍遅れて動き出す。
嵐の中に、三つの影が立っていた。
セシル、ルクジム、そしてヌエ。
「ほう……生きていたか、吸血鬼ども。だが――『飛んで火に入る夏の虫』。わざわざヴェイルの血まで現れるとは。」
カリースの口角が歪み、悪魔の笑みを刻む。
「前にも言いましたね。あなただけは許さないと。」
セシルの紅い眼が、燃えるように沈む。
「決着をつけるぜ……母の意思に。」
その声は震えていたが、後退はなかった。
ルクジムの瞳が琥珀に染まり、熱を帯びていく。
ヌエが視線を逸らさず、背後のトロルに声を掛ける。
「お主、大丈夫か?」
血に濡れた巨体が、低く呻きながら口を開く。
「……お前たちは……?」
「オルド・アークから封印を守る者だ!」
ルクジムがカリースを睨みながら答える。
雷を巻き付けた嵐は、カリースの頭上でさらに膨れ上がる。
その背後――白い影が咆哮を轟かせ、三人の前に立ちはだかった。
「ゴアーーッ!」
氷原に響く獣の声。
ギャオの境界線は、混沌の舞台に染まり、闇が世界を覆い始める。
「白い魔獣 ― VSヌエ」へ続く。




