神様、こんなパラダイスは求めてません!
テーマ【小説を書くのが趣味の主人公が神様によって自作小説の中に強制的に入ることになる】です。
とーふ様主催 #SNS文芸部 6月活動 に参加させていただきました。
神様が現れて言った。「お前を自作小説の中に案内しよう、面白そうだから」と。
この時の私は、状況も理解せず、喜びに舞い踊った。
これって私、トラックに轢かれて死んだかもしれないってこと? いやそれとも疲れが溜まりまくっていたから過労死かも、まあでもどちらでも構わない。これは神様が私にプレゼントしてくれた第二の人生。パラダイス……!
仕事に疲れた頭で、初めて書いた自作小説は、流行りのWeb小説を参考にしながら好きに書き殴った、剣も魔法も聖女も出てくる乙女ゲーム風学園物。主人公は現世で死んで、聖女として乙女ゲームの世界に放り込まれるのだ。つまり今の私と一緒。
これから先、イケメンに囲まれながら楽しい学園生活を送れるってことよ。最高かよ。
「……そう思っていた時も確かにありました……」
蓋を開けてみれば、理想の楽園なんて無い。
乙女ゲームの舞台となるはずの学園は、昏い空に黒い雲がかかり、門から学舎まで続く道の脇には花ではなくシダ植物や蔓が鬱蒼と植えられていた。どことなく湿気でじめじめしていて、もちろん手入れがされているようには全然見えない。
おどろおどろしく、不気味。そんな学園の空を恐竜……翼竜のような鳥が「ギャー」と鳴きつつ飛んで行った。
爽やかな学園なんて見る影もない。魔王城じゃん? これは本当に私が書いた小説なの?
直前に神様から渡された通学バックを抱きしめながら、恐る恐る学園の門をくぐる。学舎まで続く石畳のような道に一歩踏み出して、すぐ心が折れた。
ぐにゅりとした、足元がぬめる感触に驚いて足を上げると、正体不明の糸が引いている。
「ギャーーーー! ちょっと神様! これが私の小説の中だって言うの!? 騙さないでよぉ!」
『騙していない。まさしくここはお前が書いた小説の中だ』
半泣き状態で喚くと神様が返事をくれる。思ったより優しい神様だ。
「すぐに元の世界に戻しなさいよ!」
『む。なぜだ。あんなに喜んでいたではないか』
「こんな世界だなんて聞いてない! 全然私の書いた小説の中じゃないもの!」
『いや。ここはお前が書いた小説の中だ。それに元の世界に戻すことはできぬ。元の世界にお前の器がもう無いからな』
「く……! でも、私はこんな世界書いてないわ! 酷いじゃない! 何なのよ、この石畳! 気持ち悪い!」
今踏んだばかりの地面を指差した。足を上げた直後には残っていた足跡が、徐々に消えつつあった。
『おっと、そうだ。これを渡し忘れていた。それを見て、よく考えるがいい。本当にこの世界はお前が書いたものではないのかをな』
宙に浮かぶように目の前に現れたのは優しい光に包まれたノートの束。私がストレス発散に書き殴っていた小説ノートだ。いずれ使おうと思っていた新品のもの、それにペンまである。
『まだ完結していないだろう? ここで生活をしながら最後まで書いてみるのはどうだ。ははっ』
それっきり、何度問いかけても神様は返事をくれない。優しいと言ったことは撤回させてもらおう。ちっとも優しくない。
「なによう。こんな悪の巣窟みたいな舞台書いてないわよぉ」
受け取ったノートをぱらりとめくる。
学園のディテールを書いた箇所を……と探し当て、読み上げた。
「えっとー? “門から学舎まで真っ直ぐに道が続いていた”? ……え、これだけ?」
薄気味悪い学舎を見やると、目の前に続く道は確かに真っ直ぐである。
「…………合ってる、ね」
頭の中で『だからそう言っただろう』と神様が笑った。くっそ腹立たしい。
でも——ノートもペンもある。そうなれば試してみたいというもの。
「じゃあ石畳のって付け加えれば……? “門から学舎まで真っ直ぐ石畳の道が続いていた”と」
言いながら書き換えると、目の前の道が一瞬眩しく光った。かと思えばすっかりぬめりが消えている。
「変わった!? やっぱり! これは完全に石畳! え、このノートで好きに書き換えられるってこと!? 私もう創造主じゃん」
認識を再度改めよう。やっぱり神様は優しかった。『はっはっは』と頭に響く笑い声は五月蝿いが。
「じゃあ、“その道の両脇には赤や黄色の小さくて可愛らしい花が植えられ、白い鳩が青空を飛んで行った。まるで転入を祝ってくれているようだ"、に修正っと」
書き換えれば一瞬光り、昏い空は青空へ、翼竜は鳩へ無事に置き換わった。もちろん「ギャー」と鳩が鳴くこともない。学舎まで続く石畳の道の両サイドには綺麗な花が咲いている。
「よしよしよし! これはやっぱり! パラダイスの予感!」
ぴょんと飛び跳ねて喜んだ。
何せここは乙女ゲームの世界。イケメンに囲まれ、楽しい学園生活を楽しむことになるはずだ。
しかも自由に世界を改変できるチート能力もある。期待は膨らむばかりである。
「まずは一人目のヒーローと出会わなくっちゃ」
転入初日、学舎に向かう途中でメインヒーローである学園の王子アルフレッドに出会うはず。生徒会長でもある彼は、転入生の主人公を案内してくれるのだ。
ちゃんとイケメンって書いたもの。ここからが私の学園生活!
わくわくしながら扉を開けた途端——早くも自分の失態に気づくことになった。
「ちっっっっっっっっっさ!?」
「転入生のメイだね? ようこそ。学園の案内を任されている、生徒会長のアルフレッドだ。何かわからないことがあれば遠慮せず聞いてほしい」
予定ではこの場で、主人公もとい私があまりのイケメンさにときめくはずだったけれど。
「こうして出会えたのもきっと運命。女の子の転入生は大歓迎さ。まずは教室へ案内しよう。お昼休みには学園内を案内させてくれ。俺のとっておきのスポットを教えてあげよう。きっとこの学園のことを好きになるよ」
爽やかな金髪を揺らしながら私好みの抜群の顔で微笑まれても、身長が気になってそれどころじゃない。
待って待って、アルフレッドの身長が私の胸より下ってどういうこと?
慌てて開くチートノート。うん、身長には触れてないわね。わかってた。
通路ですれ違う生徒と比較すると、おかしいのはどうやら私のようだ。一人、巨人にでもなった気分。みんなの頭上を見下ろしながら案内された自分の教室では、席につくなりすぐノートを開いた。用意されていた机と椅子も私にとってはとても小さい。
「え、みんなの身長を普通にするのってどうすればいいの? 平均身長でも書く? いやでも……椅子も机も座りにくいから、これも普通の大きさにしたいし……あ! 転入生の身長をどこかでわかるようにすれば……」
ガリガリとノートに書き殴る。“少し視線を上げるとアルフレッドの目と合う”くらいの身長ってことでどうにか!
書き終えると視界が一瞬真っ白になって、気づくときちんとジャストサイズの椅子に座っていた。見渡すと他の生徒の中にちゃんと馴染んでいる。
私は思わずガッツポーズをした。
「や、やった……! できた! これでアルフレッドにもちゃんとときめくはず! 椅子も座りやすい!」
もう、私の小説、ディテールが甘すぎるぅぅ!
顔を覆うと頭の中で神様の声がする。特大の溜息付きだ。
『酷すぎるだろう? 俺はあらゆる世界を管理していてな、世界を保つためには手を入れるしかなかった。あまりに酷すぎてな。俺の手を煩わせるな、書いた作者が最後まで責任を持て。ちょうど作者であるお前の元の器が壊れたからな、召喚することにしたのだ。ちなみに書いてしまった話の筋は変えられないぞ、世界が壊れるからな。長生きしたければ気を付けることだ』
「な……! もっと早く教えて?!」
『ポンコツ作者の分際で偉そうに。極力俺の手を煩わせないようにな。ああ、完結するまで続くから』
「……はい」
そんなこんなでパラダイスを満喫するべく、パラダイスを手直しする人生が始まった——始まってしまったのである。
『そうそう、何か勘違いしているようだが。お前、主人公じゃないから』
「はーー!?」
ふと見るともう一人、アルフレッドに連れられた転入生らしい人影が。
黒いモヤのような……人影……だな?
『……主人公の聖女の姿、容姿を書いた記憶は?』
「…………ございません」
『励め』
「うわぁんっ、私が書いた小説なのにこの仕打ち! 私、脇役なの!?」
言い直そう。
こうして他人のパラダイスを維持するべく、パラダイスを手直しする人生が始まったのだ。
私にも、どうか幸あれ。