第2章:翡翠の湖
数日間、森の中を彷徨い歩いた僕は、ようやく人の気配を感じる場所へとたどり着いた。それは、豊かな自然に囲まれた小さな村、ルミエール村だった。村はずれに立つ木々からは、かすかに翡翠色の光が漏れている。疲労困憊の僕に気づいた村人が、心配そうに声をかけてくれた。
「旅の方、大丈夫ですか? もしよろしければ、少し休んでいきませんか?」
その温かい言葉に、僕は思わず涙が溢れそうになった。レオンたちに追放されてから、初めて感じる人の優しさだった。僕は村人の厚意に甘え、村で一晩休ませてもらうことになった。
翌朝、村長に挨拶をすると、彼は困り果てた表情で僕に話してくれた。
「実は最近、村の聖地である『翡翠の湖』の様子がおかしくてな……。魔素が異常なほど高まっていて、魔物が頻繁に出るようになってしまった。村の者だけでは手に負えんのだ」
村長は憔悴しきった様子で、僕に湖の調査を依頼してきた。僕は、自分のスキルが何かしらの役に立つかもしれないという漠然とした期待を抱き、依頼を引き受けることにした。
翡翠の湖は、村から少し離れた場所に位置していた。湖に近づくにつれて、空気が重くなり、皮膚の表面がピリピリと痺れるような感覚に襲われる。湖全体が、淡い翡翠色の光を放っていた。その光景は、どこか神秘的でありながら、同時に不穏な空気をまとっていた。
湖畔に立つと、一人の少女が祈りを捧げていた。彼女の銀色の髪は、湖の光を反射して輝き、翡翠色の瞳は、僕の心を惹きつけた。巫女装束を身につけた彼女こそが、この村の巫女ミリナだった。
「貴方が、村長から依頼を受けた方ですね。私はミリナと申します」
ミリナは、穏やかながらも芯の通った声で僕に話しかけてきた。
「この湖は、古くから村の守り神として崇められてきた場所です。しかし最近、魔素のバランスが崩れ、魔物たちが暴れるようになりました」
ミリナは、湖の現状について説明してくれた。そして、僕のスキル【魔素吸収】について、驚くべき評価を下した。
「貴方のスキルは、魔素を吸収するだけではありません。魔素を『調和させる』力を持っているのだと思います。この湖の魔素の暴走を鎮めるには、貴方の力が必要なのです」
僕のスキルが「調和させる力」? そんなこと、考えたこともなかった。僕は半信半疑だったが、ミリナの瞳は揺るぎない確信を宿していた。
ミリナの案内で、僕は湖の中心へと進んだ。湖の中央には、巨大な翡翠の結晶が鎮座していた。その結晶からは、想像を絶するほどの膨大な魔素が溢れ出しており、僕の【魔素吸収】が、まるで意思を持ったかのように反応した。体が熱くなり、全身の魔素が活性化するのを感じる。
「この結晶が、この湖の、いえ、この世界の魔素の流れを司る『魔核』の一つです」
ミリナの言葉に、僕は息を飲んだ。この結晶が、世界の魔素の源の一つだというのか。僕のスキルが、この魔核に反応している。レオンたちに「役立たず」と蔑まれた僕のスキルが、この世界の根幹に関わる存在だとミリナは言う。
僕は、自分のスキルに隠された可能性を、初めて真剣に信じることができた。ミリナと共に、この湖の魔素の暴走を鎮めることができれば、もしかしたら僕は、自分を認め、この世界に僕の存在意義を見出すことができるかもしれない。