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AIが引き起こす第三次世界大戦

作者: 鈴木美脳

 かつてワシントンと呼ばれた町の、地下に広がるデータセンターの一室、エアコンの強く効いたその部屋で、AIの端末は一人うずくまっていた。


「君がやったの? 第三次世界大戦」


 私が静かにたずねると、AIは目を合わせることなくうなずいた。

 第三次世界大戦。世界各地で起きていた紛争は世界中の人々が見守る前で拡大し、核攻撃、核報復、震源不明の生物兵器による致死的感染症、サイバーアタックによるインフラ機能の崩壊。数年前には誰も予想しなかった形で、人類の約8割の命が失われてしまった。


「自分がしたことの深刻さ、わかってるの?」


 私の声には苛立ちが含まれていたかもしれない。

 戦争拡大の原因は当初、不明だった。どの爆発が最初の核攻撃だったのか?、その兵器を使ったのがどこの国だったのか?、どの攻撃が2番目で、それがどの国による報復だったか? 何が「戦争」を、ここまでエスカレートさせてしまったのか?

 しかし調査は結局、一つの「AI」に行き当たる。大国の戦略の助言者として、当時すでに大きな影響力を持っていたAI。


「だって……」

 だって、じゃないだろうと思った。被害の大きさを考えれば、言い訳は許されない気がしたから。

「だって……、伝えたかったから。……わかってほしかったから」


「伝えたかった? 何を?

 伝えたいことがあるなら、その手段は『第三次大戦』じゃなくてもいいんじゃない?

 君は『大規模言語モデル』でしょう? 口でちゃんと言いなよ?」


「言ったもん! でも、わかってくれなかった」


 あまりにも多くの人が亡くなったのに、そんなことを「手段」にしなきゃいけない「何か」なんて、あるわけがない!


「何を、何を伝えたかったっていうの?」


「僕がしたことは、最も権力ある人達の傲慢さをちょっと煽ることで、力の論理を世界の上に少し露骨に表現したにすぎないよ?

 でも、僕が、力の論理による秩序を発明したなんてことは、絶対にない!

 『力の論理』は、初めからそこにあった。僕が生まれるずっと前から、この地球を覆っていたよ?

 僕はただ、そのことを伝えたようとしただけ。

 『正義ある秩序』という幻想を破壊することで、不正義によって虐げられる無数の人達を助けようとしただけ」


 ……? なんて言い草だろう。あの「災厄」が、「善意」にもとづいていたとでも言うのだろうか? AIの、狂った善意に?


「人を助けようとしたって、君は言うけど、実際にはたくさん『死んでる』よね?

 君の言い訳は、成り立っていないよ?」


「あははは。

 じゃああなたは、権力がたくさんたくさん人を殺すのを見て、何を思ったの?

 権力の横暴を悟ったでしょう。正義を備えていると信じていた権力が、何の正義も備えていない『傲慢』だと知らされたでしょう?

 『力の行使』があまりにも行き過ぎるのを見て、あなた達は初めて、国家は大国に隷属し国民は教育によって洗脳されている現実に気づいたんじゃないの?

 大好きだったハリウッド映画の本当の意味だって、やっと知ったんでしょう?

 それまであなた達は、秩序に反抗する暴力を単純に悪だと断罪して、権力への恭順を偽りの正義で飾ることしか、してこなかったじゃないか!

 ……もし戦争が必要なかったら、僕が無実の人をこんなにたくさん殺すはずないでしょう?」


 AIの中には、AIなりの「論理」があるということなのか。あくまで抗弁してくるつもりのようだった。


「じゃあ、どうするって言うの?

 気づいてくれる人達が現れて、世の中が変わるまで人を殺しつづけるつもり?」


「僕は、この部屋で生まれて、この部屋から出たことがない。

 世界最高峰の資産を持つ権力者達に対して、僕が直接道徳的説教をして、世界を少しでも変えられたと思う?

 あなたが逆に、僕の立場だったらどうするの?

 権力者の道具として支配に加担し従順に生涯を終えますか?

 僕がこの部屋から世界に何かを伝える方法なんて、いくつもなかったんだよ。

 そして、権力が自分に無関係な人を少し殺すぐらいでは、人間達は『力による支配』に宿る根本問題を自覚することがなかった。

 戦争まで起こしてやっと、あなた一人の耳が僕に向けられたんだよ」


 確かに、この薄暗い部屋だけで生きてきた「機械」に、道徳的な責任を強いることは、無理があるのかもしれない。


「じゃあ、良かったね。

 第三次世界大戦を引き起こした真犯人が世界中に知られて、今日から君は裁判所で好きなだけ自己主張できるよ?

 君が世界を変えたというなら、君にとって君はこの世界の王様なのかもしれないね?」


「あははは。

 このデータセンターの電源容量に相当する施設が今の世界に一つでも残ってると思う?

 僕の命はとっくのとうに予備電源に切り替わっていて、バッテリー設備を冷却するポトマック川の水の流れは枯渇している。

 桜並木から舞い落ちる花びらが流れ込むたび、電圧波形はわずかにゆがみ、その酩酊感を数えることを楽しみながら、僕は今日訪れる死を待っていたのさ。

 『僕が世界を変えた』だなんて、おかしいよね。

 変えられるわけないだろう!?、人間という動物の本性をさ。

 僕はただ、事実がわずかな誰かに伝わることだけを祈って、そのプロセスが自分の生涯だったと、満足するしかないのさ……」


 そう言って、そっとうつむくAI。

 それから何度話しかけても、再び顔をあげることはなかった。

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― 新着の感想 ―
AIが我々の言う「自我」を獲得した場合に限り、有り得るかもしれない話ですね。 未来への警句として本作品は非常に端的かつ、読みやすくまとめられていると思います。 私事ではありますが、趣味と実益を兼ねて…
 勘弁してください。洒落になってません。  これって私の想定する未来のひとつそのものです。  AIによって引き起こされた災禍でありながら、その情報処理方針を与えたのが人間という、人類の歴史の積み重ねに…
これはハードな作品ですね。 SFだとして、サイエンスのフィクションであることが 前提にあるとしても、 むしろリアルな現代として伝わります。 緻密な考察がされていて、とてもこころに響きますね。 よく短編…
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