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赤の夢

作者: 茶ヤマ
掲載日:2024/08/07


赤の中にいた。


濁りの無い燃えるような赤い紅葉。

その横に美しく実った万両。

つややかな緑色の葉がその赤を更に引き立てている。


見渡す限りの赤の中で、童水干姿の自分は笛を奏している。

傍らでは舞を舞う一人の少女。

単と打袿を短くはしょったものを着用をし、かざり紐で形を整えた壺装束姿をしている。


互いを見ることはせず、だが、確実にその存在を意識した笛と舞。

ああ、実に。

実に、心地よい。


やがて曲は終わり、舞もそれに応じて終いとなる。


そこに一葉の紅葉がはらりと散った。


少女はそれを扇で軽く受け止める。

そうして初めて自分の方へ向けらえた顔。向けられた瞳には自分と万両が映っている…ように思えた。


そっと差し出される一葉の紅葉。

それを自分は、壊れやすい物を扱うかの如くに受け取った。


返礼に傍らの万両の葉を同じ様に扇に乗せ差し出す。彼女もまた、注意深く葉を受け取った。


自分は、この少女が誰なのかを知らない。

見事な紅葉に興を引かれ、笛を奏した。

彼女もまた、おそらく同じ理由で舞っただけなのだろう。

たまさかに()っただけではあるが、このまま別れ行くには、何か名残惜しい気がした。


「また、この場で、今のように二人で笛を奏し、舞を舞いましょう」


何も考えもせず、自分の口から、そのような言葉が出ていた。


「また…とは、いつ頃…?」

童女はまっすぐにこちらを見て尋ねてくる。


「わからぬ、だが、また…いつか、必ずに」


自分もまっすぐに童女の瞳を見つめ返し、力強く答えると、その言葉に柔らかにほほ笑む。


「では、また、いつか…それが幾千年という遠いかなたの時であっても…必ずや」


微笑みながら、そう言ったのだった……。




・・・・・・・・・



またあの夢だ。

どこかで誰かと約束をする、そんな夢なのだが。

何時も目が覚めると覚えているのは「赤い」という事のみだ。

「赤い」…赤ならば、昨日も見た…無残にも斬られた者から流れでている…いいや、その「赤」ではない。

夢を追い出すように頭を一つ振る。

今は生きることに精一杯だ。

新しく上久世荘の代官になった古田重然なる人物は、如何なる人物なのか…。

我らの生活を保障してくれる代官であれば良いのだが…。


私は既に夢の事など頭から消えていた。



・・・・・・・・・


また、同じ夢を見た。

誰かが隣にいたような…曖昧模糊とした内容だが、覚えているのは「赤い」という事だ。

「赤」…最近、三都の一つである江戸で名をはせている版画家が描いた赤富士の赤がとても鮮やかだと聞く…。

赤い何かを見れば、夢の内容もすっきりと思い出せるだろうか…。


そんな事をぼんやりと考えてた。



・・・・・・・・・


ああ、またあの夢を見たのだな。

目を覚ました途端、「赤の色」が強烈に思い起こされたために、それが知れた。

内容はわからない。

ただ「赤い色」が頭の中を埋め尽くすのだ。

間もなく紅葉の頃だ…。

最近、障子戸に代わって仕付けられたガラス窓を通して、家の中から庭の紅葉を眺めるのも良いかもしれない…。


そうだな、「赤い色」といえば紅葉だろう……。



・・・・・・・・・


また同じ夢だ。


秋の真っ赤な色の中。

平安の頃のような装束姿の子供になり、誰とも知らぬ少女のために笛を吹き、少女はその音に合わせ舞う。

そして、いつか、またきっと会おう、と約束をする夢。


幼い頃から、幾度も繰り返し見てきた夢。

夢を見た直後は気になることは気になるが、すぐに忘れてしまう。

秋になり、紅葉が色づく頃にも思い出すが、それだけのこと。


現実の紅葉は、夢の中の紅葉ほど赤くない。燃えるような赤ではないのだ。

万両や、それによく似た千両もまた、一瞬だけ目を引くが、その葉は、夢の中のものほど緑緑とはしておらず、くすんだように見えた。赤い実も、夢の中ほどの鮮やかさはなく、赤い絵の具に一滴の黒を落とし、混ぜたような色合いに見える。


所詮は夢なのだ。

気にする事はない。

 

そんな風に考えていた。


何かを思い立ったわけではない。

ただ、何となく、いつもの紅葉の夢を見たその日に、山に行ってみようと思っただけにすぎない。

物見遊山。

その言葉がぴったりだと思う。



天気が良いことも重なって、観光名所であるその山は人でごった返していた。

思いつきで行動するものではないな、と嘆息一つ吐いた。


人の群れから離れようと、紅葉狩り専用コースではない道を選び歩を進めていた。


ふと、紅葉が折り重なる場所が目に入った。

鮮やか過ぎる赤の葉。

そして、傍らには緑緑しい葉をつけ、紅葉に負けぬ赤を誇る万両。


 ああ、ここだ。


直感でそう思った。


紅葉の木の根元に、一輪の、これまた真っ赤な彼岸花が咲いていた。

彼岸花が一輪だけで咲いていることは珍しい。

 

 ここに違いない。


心の内で、もう一度そう頷いてから、拙い口笛で何かの曲を吹いた。

このような場所で立ち止まり、口笛を吹くなど、あまり褒められた所作ではない。

が、彼岸花が口笛に合わせるが如く、風にふらりふらりと揺れたのだった。


 ようやく、約束を果たせましたね…。


 やはり遠い時が必要だったでしょう


くすくすと笑うかのように、わずかな風に花弁を揺らしていた。

自分は、彼岸花に、そっと目礼をしその場を後にした……。




・・・・・・・・・・・



季節は、幾度目かの秋になっていた…。

流行り病にかかってしまった自分は、治る見込みもないまま、病み衰えるだけだった。


あの少女に、いつか必ずまた共に奏し共に舞おう、と言っておきながら、起き上がることすらできぬ身となった。


そんな折、たびたび不思議な夢をみた。

見慣れぬ風景の中、妙な服装をした青年が、紅葉を見ては、ここではない、と嘆息をつき、少女の面影を追っているのだ…。


ああ、今の自分がそうなのだ。

こうして幾度目かの季節が過ぎて行くが、自分は、あの場所がどこだったのかを思い出すこともできぬ。

こうして、家の紅葉を眺めながら、あの約束だけが思い出されていく。

赤の中の約束だけが募っていく。


咳きこんだ途端、胸が焼けるように痛み、口からあふれた手に赤いものが付いた…


そうして、自分は彼女とは再び会うことはなかった。



・・・・・・・・・・・


少女は、紅葉の下、万両の傍らで舞っていた。舞いながら待ち続けた。

いつか、会える、ここで会える

そう、必ず信じて…


悠久の時を経た後、逢えると信じて



            ―――― 了 ――――


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