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第一章 空き家の中の住人・8

 アドレナリンが放出されたのか、変なテンションで自転車を漕ぎまくる。さっきまでの鬱屈した気持ちが嘘のように力がみなぎってきた。しかも、代わり映えのない景色だと思っていた大自然。日本海から聞こえてくる波の音も漕ぐ力に変換されているようで、このまま稚内まで一気に行けそうな気がする。


「やべぇ、楽しくなってきた!」


 大きな声で歌いながらペダルを漕ぎ続けていると、道の駅の看板が目に入った。調子が良くなってきたところではあるが、旅の一番の目的は現地の食材と料理を知り作ることだ。道の駅ならその土地の特産品や地域の情報などが手に入るかもしれないし、もしかしたら食材やあわよくば名物料理の情報も入手出来るかもしれない。

 これをスルーすることなんて出来ないな、と考え、少しだけ寄り道をすることを決め、看板の指示に従い右に曲がると大きな建物が見えてきた。前を走っていた車が吸い込まれるように施設の駐車場へと入っていく。伊吹も車の後に続き道の駅へと向かい駐輪場に乗り付けて止まり自転車から降りた。


「イテテ……」


 ずっと座っていたからか、お尻が痛い。それに足もパンパンだ。軽く酷使していた太ももからふくらはぎまでを揉み解しながら、立ち仕事をしていた時と違う筋肉の張り具合にため息を吐く。手を上に上げ伸びをした伊吹が止まる。


「あれ?」

 

 眉間にしわを寄せ不思議な顔をした伊吹は、伸びをしていた手を下げて目の前の建物を凝視する。なにやらホテルみたいに小さな窓がたくさんある。道の駅の看板を曲がったよな、と後ろを振り返り看板を見るとやはり道の駅だった。

 確か道の駅というのは、平屋か二階建てくらいの建物な気がしたが、目の前の建物は6階建てくらいある。まぁ、入ってみないとわからないか、と建物の中へと入った。広いエントランスの真ん中に上へと登る階段がある。周りを見るとやはり特産品を売っているし、レストランもあった。制服を着ている女の人が近くにいたので声をかけた。


「あの、ここって道の駅ですよね?」

「はい。観光客の方ですか?」

「観光というか、自転車で小樽からオロロンラインを通って北上してるんです」

「へぇー、すごい。バイクじゃなく自転車で? ここまで大変だったでしょ」


 伊吹の言葉に感心したように女の人が頷く。


「思ったより距離があって、足もパンパンで……」

「あっ、そうだ」と、女の人が近くに置いてあったパンフレットを手に取って伊吹に見せてきた。そこには、宿泊施設併設で天然温泉ありと書かれていた。


「ここ道の駅なのに泊まれるんですか?」

「そうなのよ。客室もあって泊まれるし、もし泊まるところ決まってないならどうかなって。確か、部屋空いていた気がするし。それに温泉の効能に筋肉痛ってあった気がするし」


 親切に提案してくれたのだが、伊吹は旅費を切り詰めている貧乏旅行だ。宿泊費に回すくらいなら美味しいごはんが食べたい。申し訳なさそうに口を開く。


「せっかく教えてくれたのにすんません。俺、宿泊はテントかライダーハウス? っていうのに泊まって、旅費を切り詰めて食費に回してるんです」

「そうなの? じゃあ、今日はどこに泊まるの?」

「近くでテント張れないかなって思ってて」

「そっかー。じゃあ、温泉だけでも入っていけば? 日帰り入浴出来るのよ」

「そうなんですか? じゃあ、温泉だけ入って行こうかな」


 温泉に入浴した伊吹は、酷使していた足を中心にお湯の中で解しながら、ほっと一息をついた。マッサージをしていた手を止めてそのままずるずると肩までお湯に浸かり、足を伸ばした。疲れがお湯の中に溶けていくようだ。

 温泉ってすごいな、と感心する。日帰り入浴で600円。これで、この2日間の疲れが吹っ飛ぶなら安いものだ。温泉に入ったのだから、今日はライダーハウスではなく、どこかでテントを張って宿泊しようと決めた。

 無料のキャンプ場がないかと尋ねたら、近くにある砂浜はキャンプをしていいらしい。炊事場もあるらしいので、スーパーで少しだけ調達して簡単な物を作ってごはんにしよう。今夜の予定を決めた伊吹は、しばらく温泉を堪能してお湯から上がった。

 

 道の駅を出て近くのスーパーに寄ったが、一人でごはんを作るとつい割高になってしまいそうで、結局購入したのは札幌味噌ラーメンの袋麺とネギとカット野菜。意気揚々と食材を買って料理して……と思っていたのに価格の安さにあらがえなかった。

 最初にフライパンでカット野菜を炒めた。そして片手鍋に水を入れお湯を沸かしながら、一緒に旅をしてくれる仲間がいれば違ったのかもしれないと一瞬頭によぎったが、頭を勢いよく横に振り思考を断ち切る。


「一緒にロードバイクで日本縦断して美味しいもの食べようぜ! なんて、俺たちの年じゃ俺みたいな無職か、変わり者くらいだよな……。つーか、ヤメヤメ!」


 袋麺を勢いよく破き、泡が出て沸騰している鍋へと麺を投入する。二分ほど茹でて麺を解し粉スープを入れ、均一になるように混ぜ炒めておいたカット野菜をのせた。最後にネギをちらせば、北海道限定味噌ラーメンの完成だ。

 鍋を持ち上げ匂いを堪能しようと鼻から息を思いっきり吸う。食欲をそそる香ばしい味噌の香り。袋に入っていた一味を掛け、急いで鍋とフライパンを持ち自分のテントまで戻って座った。

 麺が伸びて美味しさが減ってしまう前に食さなければならない。ちょっとした動作にかかる時間が惜しい。いただきます、と早口で言い、すぐさま麺をすすった。


「ふぁー、うまい」


 中太縮れ麺に絡んだ激熱な味噌スープに、はふはふとなりながらラーメンを食べすすめる。作り始めたときはインスタントラーメンかと少しテンションが下がったが、食べ終わってみたらこれはこれでアリだ。これが毎日だと困るが、食費切り詰めるときにまたお世話になろうと思った。


 食事を終えた伊吹は、テントの中に入り寝る準備を整えた。今日は温泉に入ったし、なんだかんだ言って充実した1日だったのではと思いながら、寝袋のファスナーを首元まで上げ目を閉じた。

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