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第一章 空き家の中の住人・6

「うわぁー、すげぇ!」


 目をキラキラさせながら目の前に置かれたお盆の中を見つめる。

 大皿にはよくわからない大きな魚のフライ、小皿にはつぶ貝とイカの刺身、小鉢には煮物と味噌汁、漬物。そして、ご飯は大盛りだ。いくら安くて旨いと言われても、これは予算オーバーじゃなかろうか。期待に満ちた目から不安そうに眉毛を下げ恐る恐るおばあさんを見た。不安そうな伊吹と対照的におばあさんは笑顔のままだ。


「あの、これっていくら……。俺、出せても1,500円しか」

「わかってるよ。1,100円」

「せ、1,100円? 安くないっすか?」


 驚いている伊吹を尻目におばあちゃんは笑顔で続ける。


「これから自転車漕いで行くんでしょ? 腹いっぱい食べなきゃ、途中で疲れて動けなくなるって」

「ありがとうございます」


 道で声を掛けてくれた優しい出会いに感謝しながら頭を下げ、すぐ頭を上げた伊吹は、味噌汁をすすった。

 おばあちゃんと同じく優しくて甘い味。正確にはおばあちゃんが作ってるのではないんだけど。きっと厨房の料理人も優しい人に違いない。次に気になっていた大皿に載った大きなフライを箸で持ち上げた。


(うわっ、重っ)


 重量感たっぷりの魚のフライに、横に添えてあったタルタルソースをつけて大きな口を開けてがぶりとかじりついた。


「な、なんだこれ! カリッフワなんだけど! しかも脂の乗り方が半端ない!」


 歯形の付いたフライを見ると、どうやら白身魚のようだ。手元のフライからおばあちゃんへと目を向けると、してやったりの顔をしながら伊吹を見ていた。


「こんな魚のフライ食べたことないんですけど、これなんの魚ですか?」

「ホッケだよ」

「ホッケ? ホッケってあの開きにして焼き魚が定番のヤツっすか?」

「焼き魚も旨いけどさ、こっちではこの食べ方も多くてね」


 へぇーと感心して、再びホッケのフライをかじる。甘みたっぷりで脂がのっていて本当に美味しい。こんなに美味しいのに、なんで本州では見かけないんだろう。こんなの町の定食屋で出されたら、アジフライの二大巨頭くらいの地位に君臨しそうなのに。不思議に思った伊吹は、疑問を投げかけた。


「本州だとアジフライだけで、ホッケフライにするってことないんですけど、どうしてなんですかね?」

「フライにするのに生のホッケが必要だから。足が早い魚だから鮮度の問題?」

「なるほど。ここでしか食べられないものか……。俺の旅にはピッタリだな」

「ピッタリってなんで?」


 首をかしげながら聞いてくる。ホッケのフライを持ち上げていた箸を置き、味噌汁を飲む。


「えっと、俺、料理人の見習いで。あ、今は無職なんですけど……」


 伊吹の目の前の椅子を引いたおばあさんは、座ってそのまま話を聞くようだ。


「次の仕事する前に、日本各地の美味しい物やその土地土地の食材を食べて勉強しよう……」


 言い終える前にバンッと肩を強く叩かれた。


「痛っ」

「えらい! えらいよ。私も北海道しか知らないんだけど、北海道の中でも地方によって知らない食べ物もあるくらいだし、いやー若いのにえらいねぇ」


 えらい、えらいと肩をバンバンと叩かれた伊吹は、おばあさんのベタ褒め具合に照れくさそうに肩をすくめる。そして、そのまま茶碗を持ち、ごはんを掻き込んだ。


「そういえば、ロードバイクって言ってたけどバイクの旅? ライダーハウスとかに泊まるんじゃないよね?」

「ライダーハウス?」


 聞き慣れない言葉にキョトンとする伊吹。


「あれ? 知らない?」


 意外そうなおばあちゃんに、伊吹は身を乗り出して話し出す。


「それって、どういうものなんですか? 俺、貧乏自転車の旅なので、お得情報なら喉から手が出るくらい欲しいんですけど」

「んー、でもねぇ……」


 困り顔で言い淀んでいるおばあちゃんに、伊吹は箸をお盆に置き、机に手をついて「お願いします!」と頭を下げる。


「ちょっと待ってて」


 そう言うとおばあちゃんは立ち上がってカウンターへ向かい、無造作に置いてあった新聞を手に取った。一連の動作を目で追っていた伊吹は疑問に思いながら待っていると、新聞を持ち戻って来て椅子に座り直した。


「ライダーハウスはね、簡易宿泊所みたいなもんなんだ」


 新聞に詳しい記事が載っていて見せながら説明するんじゃないんかーい、と、心の中でツッコむ。


「バイクでツーリングする人たちが、安い料金で大部屋で雑魚寝するようなもんでさ。無料の所もあったり」

「へぇー。お得。俺、毎回ホテルに泊まるお金ないし、キャンプしようかなって思ってて、無料なら屋根あるところだと雨降ったときとか便利。泊まろうかなー。良いこと聞いた。俺がいく道にも無料のライダーハウスあるかな」


 横に置いていた荷物からごそごそと地図を取り出した伊吹は、パラパラとめくり、地図をおばあちゃんへ見せる。


「このオロロンラインっていうの使って北上しようと……」


 地図に載っている道をなぞりながら説明していたが、おばあちゃんの顔が強ばっているのに気づく。


「どうしたんです?」

「……去年までなら薦めてるけど、今年はダメだ」


 低い声で絞り出すようにおばあちゃんが言う。


「今年はダメ? 急に料金取るようになったからとか、廃業とかですか?」

「違う。人が常駐している安いライダーハウスならいいけど、無料はダメだ」

「手入れがやっぱり出来なくて、汚いからとか?」


 伊吹の言葉におばあちゃんは首を振る。


「理由はこれさ」


 おばあちゃんは、伊吹に新聞を手渡した。

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