物語の始まり
「じゃあ、行こうぜ!!我らがホーム『天王山』へ!!」
ランスさんがそう言うとルーミェさんが何やら準備を始めた。
「ランスさん、これは何をしているのですか?」
「ああ、これは『転移魔法』だな。まあ見とけ、もう発動するから。」
その後ランスさんはわざわざルーミェさんと距離をとった。
するとすぐにルーミェさんが描いていた魔法陣から光が発せられた。
▼▼▼
ルーミェさんが発動させた『転移魔法』の光によって私の視界は暗転した。
少しすると視界は広がり、周囲の風景が見えてきた。
見渡してみると背後には、夜の大森林が広がっている。正面には、緑がかった半透明の壁がある。その奥には季節外れの豪雪地帯の山地が続いていて、そこが過酷な環境だと一目で分かった。
「前に何か壁があるのですが、これは何ですか?」
少し遅れてきたランスさんに聞いた。
しかし、ただ素朴な疑問をぶつけただけなのに、反応の仕方がおかしい。いつも表情を顔に出さなそうなルーミェさんやフィフィーさんの方を見てみると彼女らも驚愕の表情を浮かべていた。
「……おおおお王子様まま……み見えるのですか?……」
フィフィーさんが声を振り絞って言う。
「見える?とはどういうことでしょうか?フィフィーさん。」
優しい作り笑いをしたつもりだったのだが、逆効果だったようだ。
威嚇するネコのように毛を逆立てて隠れていった。
「おい、坊主。あまりフィフィーをいじめんなよ。」
「はぁぁー…」とため息をつきながらランスさんが言った。
なぜだろう。私はただフィフィーさんを心配していただけなのに。
【やはりイア様には独裁者の素質がおありで。】
いかにもそうだと言いたげにハクさんは言う。
私はただフィフィーさんを心配しただけなのに。
【そのような言い回しをするからでは?】
はぁ?!僕はただ心配しただけな ん だ よ!!
【……それならば、心から大丈夫ですか?のように聞けばいいと思いますよ。】
返答が少し遅かったが、一応はきちんと考えてくれてくれたのだろう。
【周りから観るとイア様は一人で怒っているように見えるのですがいいのですか?】
ハクさんか諭すように言う。
そう言われて周りを見てみると、周囲の環境はほとんど変わっていないような気がした。ルーミェさんたちも私が、変なことをしていたとは思っていないようだ。
「あー。フィフィーは後で仲直りしとけよ。それと坊主、お前もだ。後でフィフィーを宥めるこっちの身にもなってみろ。」
私がハクさんに違和感を伝えるよりも先にランスさんが言った。
実際、私は何もしていないのに何故か怒られている。ここで私にランスさんに歯向かう勇気があればよかったのだが、あいにくそのようなものは持ち合わせておらず、「はい…。」と腑抜けた返事をすることしかできなかった。
私が納得して満足したと思っていたがランスさんは思い出したように言う。
「そういえば、これ見えるんだったよな。だったら坊主、てめぇ魔法得意だろ!『転移魔法』くらい知っているはずだ。王族だしな。なんぜ俺たちに聞いたんだ?『これは何か』って。」
緑のオーロラに指を差しながらランスさんが言った。
何故かランスさんの中ではこの壁が見える=魔法が得意だとかいう謎理論が成立しているのだが、全くそんなことはない。
逆に得意と言うよりかは…
そのようなことを考えているとランスさんが思考を遮るように言う。
「…すまん。野暮なことを聞いたな。」
全く似合わないと思うのは私だけだろうか?
「いえいえ、全然そのようなことはありませんよ。むしろ言っておいた方がいいと思っていまして…」
「お願い」を聞いてもらうからには伝えて置かなければならないと思っていたが、妙に心配され、言おうに言えぬ状況になったのだ。
「いや、マジで。嫌なら言わなくていいからな。マジでさ。」
ランスさんが本気で心配しているのがひしひしと伝わってくる。
さらに私に怯えていたらしいフィフィーさんもランスさんの後ろから少し顔を出して目をうるうるさせ、自分の口を押さえている。
しかし、逆にここまで心配されるとこちらも伝えづらくなってしまうわけで…
こうした葛藤を振り払うように言わなければならないという使命感を自分に植え付ける。
そして声を上げようとした、そのほんの少しあとからルーミェさんの声がついてきた。
「ランスよ。そこで油を売っておらんで、ゆくぞ。結界の解除も終わった。」
その言葉で私は話すタイミングを失ってしまった。
「わかったよ。おい、坊主、フィフィー行くぞ!」
ランスさんの頭の中ではすでに先ほどの話はなかったことになっている。
それにそろそろランスさんにも坊主ではなく名前で呼んでほしいのだが、本人は嫌なのだろう。貴族が嫌いなようだし。
「それで、どちらへ行くのでしょうか?まさかとは思いますが…。」
私が話している途中だったのだが、ランスさんがニヤリと笑って言った。
「その、まさかだ。」
…馬鹿なのか?
いや、目的を考えたら、妥当…かはわからないがそうなのだろう。
「早うゆくぞ。すでに結界は解いてある。」
ルーミェさんの言葉通り先ほどまであった半透明の壁は綺麗になくなっていた。
フィフィーさんはもうすでに私とは離れている。やっぱりこの人たちは貴族が嫌いなのか?
だったら少し申し訳なくなるのだが…
「へいへい、急げばいいんだろ?」
そう言ってランスさんは歩き出した。
フィフィーさんの十分の一にも満たない速度とだけ付け加えておこう。
「敬語、やめたらどうだ?」
ランスさんを急かしておきながらまだ進みもせずルーミェさんが言った。
「流石にできませんよ。年上の人に敬語をつけないなんて。」
そうこたえられるのがわかっていたかのように呆れた表情をしながらルーミェさんが苦笑した。
「年で立場が違うのであれば、存外貴様の方が上かもしれぬぞ?」
「流石にそれはないと思いますよ。身長も私の方が断然低いですから。」
いつの間にか手に持っていた扇子を開き、顔を覆い、ルーミェさんは少し笑った。
「それが身長は年に関係ないことがあるのだよ。」
この話はいつまで続くのだろうか?
「冗談は辞めてそろそろ追いかけませんか?」
扇子を閉じ、ルーミェさんが言った。
「分かった。少し急ごうか。」
するとすぐに走り出し、私が置いていかれたのは言うまでもない。
あの人達は他の人のことを考えたことがあるのだろうか?
このままでは置いていかれるので私もそろそろ走ろう。
なんてことを考えながら、私は緑色の結界に向けて走り出した。
これからがどうなるのか?そんなことは一切わからないが今は進むしかないだろう。
この選択で私の未来は変わるのだろうか?
ミライについて考えることより今を生きる。いま一番やりたいことをする。
それが私だったはずだ。
「さぁ、進んでいきましょうか。余計なしがらみはすべて捨てて。」