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第六十回 因縁

 石豹が都に留まっている間も、魏高輔の節度使に対する頑なな態度は変わらなかった。

 その場に石豹が居ようといまいと、節度使達が陛下の作った新法を蔑ろにしていると非難し、その権限縮小を求めたのである。

 魏高輔が「ただちに法を守れ!」と声高に主張すれば、石豹は「謂れなき非難である。そのような証拠はあるのか」と応戦する。

 当然の帰結として両者の関係はこじれていた。

 両者を取り持ちたいと考えていた皇帝と月巧妃も、この問題には上手く対処できず 優柔不断な風演はもとより、雪瑜も歯切れが悪い対応しかできなかった。

 腹を割って話せば和解するだろうぐらいに考えていたが、これが全くの逆効果で、顔を合わせただけで互いに横を向く始末である。

 雪瑜にとっては魏高輔も石豹も帝業に不可欠な人物で、どちらにも加担しにくい。


 ……いやどちらかといえば石将軍に魏高輔の言うことを呑んで欲しい。

 付き合いは将軍の方が長いが、いまは外敵対策より内政の立て直しが優先だ。

 しかし魏高輔の態度もよくない。あのようにあからさまに非難しては将軍がへそを曲げるのも当然だ。

 と、雪瑜は悶々としていた。

 

 そして風演が企画した宴を目前に迫った時、ついに両者の軋轢が決定的なものになる事件が起こった。

 きっかけは西域の実情に合わせたという新法の修正案を魏高輔が上奏したことである。

 どのような手段によってか、その内容の一部を知った石豹はすぐさま風演と雪瑜に訴え出た。

 それは石豹の視点では全く西域の実情に合っていないものだったのである。

「陛下! 陛下! そのような法を立てれば大変なことになりますぞ!」

 石豹が駆け込むように皇帝へ伺候したとき、ちょうどその場にいた魏高輔が鼻で笑うように呟いた。

「なにが大変なことでィ。これは十分に議論した末の結論だ」

 石豹も口を尖らせて反論する。

「西域の地を踏んだこともない者達に何がわかるというのだ! これは年貢を重くしただけではないか! 生活が立ち行かなくなれば、西域の民はあっという間に柔夏に取り込まれるぞ!」

「年貢を重くしたんじゃねえよ。これはお前さんが持ってる田畑を民間に払い下げろっちゅうだけだ。将軍は少し土地を持ちすぎだろうがィ」

「西域とこの辺りでは土地の持つ意味が違う! 広い土地がなくば強い馬や家畜を養えんのだ! こんなことを実行してみろ、柔夏に良馬の生産地を奪われ我が軍は機動力を失うぞ!」

 そこで石豹が風演に向き直って訴えた。

「陛下! どうかこのような上奏を取り上げるのはお止め下され!」

「石将軍、それは重大な越権行為だぞ。恐れ多くも皇帝陛下に意見するつもりか、おい?」

 風演は二人の重臣の諍いをどう対処すべきか分からず、目を泳がせて雪瑜に助けを求めた。

 雪瑜は内心で風演の頼りなさに苛立ちながらも、小さく頷く。

「恐れ多くも陛下の前で、双方見苦しやっ!」

 この場で最も若輩の雪瑜が将軍と宰相を一喝した。

 それは鋭い稲妻のような声で、一瞬で場の空気を切り裂いた。

「将軍も宰相も少し頭を冷やしてきなさい。このようなことは以後慎むように」

「しかしだな雪瑜殿……」

「双方の言い分は聞く! いまは二人とも出ていきなさい!」

 雪瑜はそう押し切って 石豹と魏高輔を退出させた。

 だが、雪瑜にもこの後の一手が浮かばない。

 この問題の根本は石豹と魏高輔、どちらの言い分を通すかなのだ。

 雪瑜は額に手を当てて呻いた。

「疲れる……」

 その後、石豹も魏高輔も雪瑜の元に部下を送り込み、しつこく接触を試みたが、雪瑜は後宮に逃げ込みその全ての訪問を遮断した挙句、玲に変わった。



 節度使が権利を守り切るのか、はたまた魏高輔の改革が断行されるのか、と朝廷が揺れる中、もう一人の月巧妃欧陽玲は普段と変わらず母の霊廟へ詣でていた。

 傍らには彼女の手足同然の宇文亮を従えている。

 今を時めく月巧妃にあやかろうと母の廟に香雲が絶えることはないが、月巧妃本人が詣でるときは人払いが行われる。

 だが今日は誰もいないはずの香雲の向こうに人影がいた。

 普通であったら不安がるかもしれないが、玲は人影の正体に気付くと親しげに声をかけた。

「……この間よりは落ち着いて話せそうだね、靖ちゃん」

「前回は大変な状況だったからな……」

 宗靖は振り返り、恐ろしい仮面を外す。

「昔は……二人で何度も泰山府君を拝みに行ったな。覚えているか」

「ええ。あれは楽しい時間だったわ」

 宗靖は厳かに頷くと、玲の薄呂に控える亮を見た。

「その子は?」

「前に会った時──私を守って亡くなった人がいたのは覚えてる?」

「勿論だ。俺もそいつに助けられた」

「この子はその人の弟で、宇文亮。信用できるわ」

 そのことを知った宗靖は、人から見下される宦官であり、さらには若輩の宇文亮に向かって深く揖礼した。

「宇文亮殿、兄上には俺も世話になった。文字通り心身を投げ出す献身がなければ俺も玲も生きていなかったかもしれない。深く感謝いたす」

「そ、そんな顔を上げてください。僕は何もしてませんよ」

「何もしてないってことはないさ。兄に代わって玲を助けているのだろう」

「そうそう。亮は物知りだし頼りになるのよ。靖ちゃんを探し出してここに呼ぶ手はずを整えたのは亮なんだから」

「ほら。大したものじゃないか」

「そ、そんな喫邪(シーシェイ)様に比べたら僕なんか全然……」

「それは偽名だよ。俺のことは宗靖でいい」

「しょ、承知しました宗靖様」

「様付けなんて必要ないぞ」

「しかし……」

 フフッと玲が微笑む。

「靖ちゃんは亮の推しなのよ。靖ちゃんの活躍に憧れてるの。好きに呼ばせてあげなさい」

「なんだそりゃ……」

「武挙の際に行われた馮嘉隊長との一騎打ちは、僕の目に焼き付けています! 巨大な陌刀(はくとう)が振るわれた瞬間、宗靖様がこう!」

 亮が身振りを交えて説明すると、宗靖は照れくさそうにかぶりを振った。

「分かった分かった。好きに呼んでいい。だからもうよせ」

 そして咳払いをすると真面目な顔つきに戻る。

「それで話とはなんだ、玲? 前に言った俺の提案を受ける気になったか?」

「いえ。いまもそれは受けられないわ」

 あっさりと断られて、宗靖の心がチクリと痛む。

「それじゃあなんだ?」

「前に言った通り私はただ陛下の為に働くだけ。目下の懸念は石将軍と宰相様の関係ね。これがこじれて問題化することは避けたい。靖ちゃんの協力で何とかならないかしら?」

「それ……正直言って難しいな」

「どう難しいの?」

「俺の立場で将軍にああだこうだ言うのは無理だ。特に今の場面は将軍も引けない。あの方は……」

 そこで宗靖は一瞬息を呑んだ。

「……西域に国を()てて(カガン)になるおつもりだ」

(カガン)に?」

「無論はっきりと言葉にはしないさ。だが、そうだとしか思えん。大蘭の都では新たな西域文字や銅銭の鋳造を試みている。そして昭の朝廷も知らない兵の育成もな……」

「……喧嘩の仲裁どころの話じゃなくったわね。昭国最強の将軍と軍団が昭国に楯突くかもしれない、と?」

「可能性は高い……と言ってもまだ少し時間があると思う。将軍は慎重な方だ。この状況でも、あからさまな叛心を見せていないしな」

「なら今回は石将軍に花を持たせましょう。陛下には将軍を庇う様にさせます」

 雪瑜ですら頭を抱える問題に対し、意外にも玲は即断を下した。

 宗靖は驚いて目を瞬く。

「本気か?」

「表向きはね。けど代わりに監察使の回数を増やして西域の監視は強めるようにする。そうしておいて、時機を見て将軍の無謀な挑戦も止めさせる。難しいけど、戦争を回避するにはこの方法しかないわ」

 つまり、玲は一旦現状の衝突を回避し、その隙に石将軍が油断したところを捕まえようと言っているのである。

 未曽有の内乱を回避する一手だが、その道のりは険しい。

 宗靖は危険な賭けだと逡巡したものの、最後は玲に同意した。

「分かった。俺も戦は避けたい。その方向で動こう」

「今後は何か連絡したいことがあったら、廖克を通して亮に文を寄越してくれたらいい」

「ああ。頼んだぞ、亮」

「勿論です、任せてください!」

 憧れの人にそう言われ亮は上ずった声で答えた。

「さて、用は済んだな。あまり長居するわけにもいかない。もう行くよ」

「ええ……」

 そう言って宗靖は霊廟の出入り口に向かった。

「待って!」

 玲の声が響き、宗靖の足が止まる。

「まだ何かあるか?」

「今日は……会えて嬉しかったわ。靖ちゃん。今度は……今度じゃなくても……機会があったら、お茶でも」

「ああ。またな、玲」

 そうして、宗靖の足音は香煙の向こうに消えていった。

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