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第四十一話 威圧の誇示

大家(ターチャ)、宮殿の外でちと困った事態が起きているようです」

 雪瑜はさも参ったという顔をして風演に話しかけた。

「困った事態だと?」

「はい。街に狼藉者が増えているということで金吾衛将軍に娘子軍を少し貸してやったのですが……不愉快な事実が分りました」

「なにがあった?」

「街で暴れていた者は多くがかつての羽林兵たちで、しかもその中に風氏の末席を名乗る者が居たのです。これをどのように処分するのが妥当なのか、みな困っております」

「風氏……だと?」

「は。何代か前に分かれた庶子の血筋だと申しております」

 文を重んじる風流皇帝には、精神的な潔癖症の性質がある。

 風演は苦々しく呟いた。

「それが本当なら我が(いえ)の恥晒しだな……」

 しかし、確かにこれは厄介なことになったと風演は思った。

 帝室の名を汚したからには重い処罰が求められる。

 だが一方で、遠縁とはいえ一族の者であるともいえる。少々おいたをした程度で厳しい罰を下しては、情が無さすぎると思われやしないだろうか。

 自分は冷酷な皇帝と思われたくない。寛容な者として君臨したいのだ。

 その思いが、風演の決断を鈍らせた。

「いかがいたしましょう、大家(ターチャ)?」

 しばし瞑目し風演が出した答えは、厳罰を下すわけでなく、減刑させるわけでもない問題の先送りだった。

「ううむ。しばらく、待て。そのまま牢に入れておくのだ。自らの愚行を顧みる時間を与えよ」

 優柔不断な答えに雪瑜は不満だったが、これもまた風演の優しさであると思い直し、拱手して(うけが)った。

「……では、そのようにいたしましょう」


 後日、この一連の処置を知って「しめた!」と拳を握った者がいた。

 伊宰相である。

 話を聞きつけた伊宰相は、素早く風演に近づいて具申した。

「陛下、罪を犯した元羽林兵の処置に困っているとか」

「そうなのだ。杖罰を受けさせるべきなのだろうが、これまで()を守っていた者たちだ。中には風氏もいる。それを思えば気が進まなくてなァ」

「でしたら、臣に貸していただけませぬか」

「貸す?」

「以前お話した通り、いま郊外に官倉を建てておりますが、人手が少々不足しておりましてな。そのように処置にお困りならば、労役を持って罪を購うという形にすれば角も立ちますまい。臣も助かります」

「なるほど。それは良い考えだ。杖打ちなどより額に汗して働かせる方が良い反省の機会となるだろう。そのように致せ」

「御意」

 こうして馮嘉たちが捕らえた元羽林兵たちは、巡り巡って官倉の普請に携わることになった。



 一方、雪瑜は兄や従弟といった親類を官途につけて神都に呼んだが、その前に護景と馮嘉を呼んで打ち合わせをした。

「護景、馮嘉」

「はい」

「なんですかい?」

「もうすぐ兄たちがやって来るが、奴らの親はお母様や私に随分辛く当たったものだ。ちと脅してやりたい」

「脅す?」

「つまりな、こういうことだ」

 雪瑜がヒソヒソと計画を話すと馮嘉は腹を抱えて笑った。

「はっはっは。将軍それはちょっと意地が悪くないですかい?」

「何を言う。可愛い悪戯ではないか。頼んだぞ二人とも」

「はい!」

「承知しました」



「都へ続く道はやはり人が多いなァ」

「見ろよ、なんかデカい建物作ってるぜ」

「本当だ。なんだろうなあ。ま、都に着けばわかるか。なんたって欧陽歩は工部侍郎だからな」

「まあな。玲の奴よくやってくれたなァ。これで田舎暮らしともオサラバして都で悠々と暮らせるわけだ」

「全くよ。親父たちもあの時早まらないで良かったってもんだな。あっはっはっは!」

 馬車に乗って呑気な会話をしつつ、神都に向っていたのは、父違いの玲/雪瑜の兄欧陽歩。隣で応じているのは雪瑜の従弟に当たる欧陽魏だった。

 さらにその後ろには彼らの親兄弟、妻や子供を乗せた馬車が続く。

 立身出世を遂げた雪瑜を頼って、一族が列をなしてやって来たのだった。

 都の外に建設中の官倉を眺めつつ、彼らは神都に入っていく。

「止まれ!」

 野太い門衛の声が響いた。

 城門の兵士たちは、居丈高な態度で威圧するように一行に圧力をかける。

「許可証を提示し全員馬車から降りろ! 荷物を検める!」

「おいおい、そう強く当たらなくてもいいではないか。我らは月巧妃の親類だぞ」

 欧陽歩がそういうと、すかさず欧陽魏が合の手を入れる。

「そうとも。ま、職務熱心なのは感心だがね」

「げ、月巧妃様の……!」

 いまを時めく皇帝の愛妃の名前を出されて、門衛たちの顔がサッと変わった。

「ああ。私は月巧妃の兄だ。そういうことだから点検は手早く頼む」

 欧陽歩は門衛の兵士たちを見下すように言った。

 馬車から降りた欧陽家の者たちも、顔色を変えてた門衛の様子をニヤニヤと眺める。

 欧陽氏の一族がこうやって傲慢な目を向けるのは、ある意味仕方なかったのかもしれない。

 これまでの通過した関所でも、旅籠でも、何度も同様のことが繰り返されていたからだ。

 月巧妃の名前を出せばたちまち役人や周囲の態度が変わる。しかも都に近づくにつれてその傾向はどんどん強まっていた。

「しょ、少々お待ちを!」

 荷の点検もそこそこに、その門衛は城門の傍に設置されている兵の詰所へと走った。

「おいおい、あの門番何処に行ったんだ?」

「さあ? もしかしたら先導の兵でも付けてくれるのかも知れん」

「なるほど。そういうことか」

 二人が勝手に納得していると、やがて先ほどの門衛が物々しく武装した三十人ほどの兵隊を連れて戻ってきた。

 兵隊の隊長らしき背の高い男は欧陽歩と、欧陽魏を睨みつけると、獣が牙を剥くように獰猛に笑った。

「俺は月巧妃様配下の馮嘉というモンだが……貴様らが月巧妃様の親族を名乗る輩か。なるほど、揃いも揃って間抜け面だな!」

「なんだと!」

「貴様、たかが門番の分際で恐れ多くも陛下の縁者となった我らに無礼ではないか! 覚悟はできているだろうな!」

「やかましい!」

 馮嘉は大声を上げて二人を一喝した。

「既に月巧妃様の親族の方々は入城しておられるわ! この偽者が!」

「は?」

「え?」

 欧陽歩と欧陽魏は一瞬事態を呑みこめずに茫然とした。

 さらに馮嘉は大声でまくしたてる。

「月巧妃様の名を騙るとはふてえ野郎どもだぜ! だがここまでだな! この俺様がたっぷりと責め苦を味合わせてやるから覚悟しろよ!」

「ひっ!」

「ま、待て、これは何かの間違いだ! 玲を呼んでくれ!」

 欧陽歩は額に脂汗を浮かべて懇願したが、馮嘉は問答無用とばかりに一蹴した。

「貴様らのような輩に月巧妃様がお会いになるわけないだろうが! 馴れ馴れしく呼び捨てにするな! 野郎ども一人たりとも逃すな!」

「ひいいいいい!」

「違うよ、こんなの何かの間違いよ!」

「頼む、玲に……月巧妃様に会わせてくれ!」

 悲痛な声もむなしく、欧陽氏の一族は全員その場で捕らえられ、詰所の隣に置かれた取り調べ小屋へと引っ張られていった。


 城門から取り調べ所まで、ほんの数分の距離だったが、欧陽氏一族は裸足で針地獄を歩くような精神的な苦しみを味わった。

「我らはどうなるのだ……」

 思わずそう呟いたのは欧陽魏の父であった。呟きを耳にした馮嘉が哄笑する。

「心配するな、ジジイ。俺はほんのちょいとさわり(・・・)の取り調べるをやるだけだ。その後は閻魔大王様がやってくれらぁ ガハハハハハ!」

 その言葉の意味するところを察して、欧陽魏の父は青くなり震え上がった。

 一行が押し込められたのは汚らしい部屋である。

 その一角に血のような赤い染みを見て、女の一人が涙でくぐもった悲鳴を上げる。

「う、う、えええええ……」

 するとここが正念場とばかり堰を切ったように一斉に欧陽氏の一族が声を上げた。

「お前たち、これはとんでもない間違いだぞ! 後でどうなっても知らぬぞ!」

 などと脅す者。

「頼むから玲を呼んでくれ。そうすればこんな誤解はすぐ解ける!」

 と、ひたすらに玲との面会を求める者。

「礼物をやる、だから少し待ってくれ、ほんの少しだけ!」

 賄賂で時間稼ぎを試みる者。

「うえええええ……おえっ」

 恐怖のあまり声にならない嗚咽を漏らす者。

 亡者が獄卒に懇願するような、地獄の如き光景がそこに在った。



「やかましい!」

 馮嘉が強く右手を柱に叩きつけた。

 ドンッ!という音とともに部屋全体がミシミシと揺れる。

 馮嘉はさらに鞘から剣を抜き、白刃を見せつけながら脅しつける。

「口を閉じて一列に並べ。一人ずつ次の部屋に入ってもらう。次に騒いだら、誰だろうがその場で叩き斬る」

 たちどころに欧陽氏の騒ぎは収まり、その場ははしん……と静まり返った。

 欧陽氏の恐怖が頂点に達したその時、バンっと出入り口の扉が開かれ、慌てた様子で文官らしき男──欧陽氏一族は知る由もないが、雪瑜の側近である護景が飛び込んでくる。

「待たれよ、待たれよ、馮隊長」

「ん? どうした、俺は忙しいんだが」

「静かに! 者ども控えよ、月巧妃様の御成りだ!」

「!!」


 こつこつという足音と共に、歩揺の薄い金属片が触れ合う、しゃらん、しゃらんという軽妙な音が響くと、誰もが息を呑んだ。

 こつ、こつ、こつ。しゃらん、しゃらん、しゃらん……。

 歩揺の音を奏でつつ、しずしずと現れた月巧妃雪瑜は、美しさと威厳に満ちていた。

 白雪のような長髪は美しく整えられ、真っ赤な目と唇は見る者に峻烈な印象を与える。

 今しがた命の危機にあった欧陽氏の面々を見て、雪瑜はにこりと笑った。

「おお、兄上に叔父上。それに皆様方も、お久さしぶりでございます」

 その存在感に圧倒されながら、恐る恐る欧陽歩は尋ねた。

「れ、玲なのか?」

「はい。ほんにお久しゅうございますな、兄上。ただ私は“狂暴な方の玲”でございます。ふっふっふ」

 雪瑜がこうして自嘲しながら説明したのは、幼少期に宗家に引き取られていったため、兄ともあまり雪瑜とは面識がないという理由がある。

 翻って欧陽氏の者も、噂で聞く白猴にどう反応するのが正解か分からず、引きつった表情をさらに強張らせた。

「ここでは“狂暴な方の玲”は雪瑜と呼ばれております。皆様もそのようにお呼びください。それにしても、大変な目に合ったようですね、兄上」

「そ、そうなのだ! 我々にもなにがどうなのかさっぱり分からずここに連れてられて……」

「……何か手違いがあったようですね。どうかご安心下さい、雪瑜がいる限り皆さまに決して危害は加えさせませぬゆえ」

 雪瑜の言葉に安堵して、欧陽家はほっと息を吐く。

「ふふん。これ以上余計なことがないように、この者に屋敷まで先導させましょう。頼んだぞ馮隊長」

「承知致しました!」

 先ほどまで自分たちを怒鳴り脅しつけていた兵士が、直立不動で雪瑜の命令を聞く。その光景は月巧妃の権力を明確に示していた。

 さらに雪瑜は欧陽歩に近づいて耳元で囁く。

「このように都は何が起こるか分かりませぬ、道中のように派手なお遊びは控え、連絡があるまで大人しくお待ちください」

「ああ……分かっている」

「ふ。ではまた後ほど兄上。おっとそうだ、工部侍郎ご就任、おめでとうございます」

 雪瑜は恭しく拱手してその場を後にした。


 彼女が去ると、欧陽歩は天を仰いだ。

 恐らく、我々が出発してからここに至る道中の全てを、玲……いや雪瑜は把握していたに違いない。

 でなければ後宮にいるはずの彼女が、こんな短時間で城外の詰所に来られるわけはない。

 いま起こったことは、お前たちなどいつでも殺せるという警告だ。

 なんてことだ。ここは彼女の王国か。

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