グルメな呑兵衛女子は江戸時代へのタイムスリップを望む?
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
白味噌と味醂で煮込まれたトロと葱の芳香が、白い湯気と共に立ち上る。
東京名物のねぎま鍋が堺でも食べられるとは、良い時代だよ。
「今日は私の奢りだから遠慮なく食べてよ、蒲生さん!とはいえ福引で当てた食事券の五千円以内だけどね。」
「誘ってくれて有り難う、美竜さん。ねぎま鍋を自腹で食べるなんて、学生の私には敷居が高いからね。」
気前の良いゼミ友の好意に感謝しながら、私は土鍋に箸を伸ばしたの。
「おお、良いね〜。」
焦げ目の付いた焼き葱は歯応え抜群で香ばしいし、血合いの部位はゼラチンでトロトロだ。
これぞ正しく、ねぎま鍋の醍醐味だね。
純米酒の熱燗と合わせたら、もう堪えられないよ。
「ねぎま鍋は今でこそ高級品だけど、元々は庶民の味だったらしいね。トロは傷みやすいから、冷蔵庫のない江戸時代には捨て値だったんだ。」
「そうなの?よく知ってるね、美竜さん!」
台湾人留学生とは思えない程に、王美竜さんは日本に詳しい。
その新日意識と博識さには本当に驚かされるよ。
ねぎま鍋を肴に、熱燗を飲み進める私達。
やがて酔いが回ったのか、こんな軽口を叩いちゃったんだ。
「つまり江戸時代の人は、ねぎま鍋も大トロも気安く食べてたって事だね。何だか私、お江戸にタイムスリップしたくなっちゃったよ。」
「おっ!そんな事言って良いのかな、蒲生さん?良い事ばかりじゃないかもよ?」
湯気で曇った眼鏡を拭いてかけ直すと、ゼミ友はニヤッと笑った。
「蒲生さんの地毛って明るい茶髪だから、江戸時代だと浮いちゃうよ。」
「外国人枠で長崎の出島に混ぜて貰うから大丈夫。英検準2級は伊達じゃないよ。」
いつの間にか私達のやりとりは、漫才めいた物になっていたの。
酔った勢いとは恐ろしいよ。
「現代っ子の蒲生さんが、スマホ無しで過ごせるかな?」
「そ、それは…時間の神様にでも何とかしてもらうよ。」
う~ん、少し苦しいかな。
これじゃ異世界系のアニメじゃない。
「やれやれ、蒲生さんも譲らないなぁ…それじゃ決定打をお見舞いするよ。あっ、生中お願いします!」
そうして美竜さんは嬉々として中ジョッキを受け取り、これ見よがしに掲げたんだ。
「もしも蒲生さんが江戸時代に行ったなら、このビールは我慢しなくっちゃね。何せビールは舶来品だから、長崎の出島でも入手は難しいよ。」
「ううっ、降参…」
白い泡の立つ小麦色の液体を見ると、思わず喉が鳴ってしまうよ。
やっぱりタイムスリップは、前言撤回といきたいね。