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第4話《ラミアのファッションショー》

「ルシアスお主、最近体の方は何ともないのか?」

 その日は珍しいことに、先に話しかけたのはラミアの方だった。


「また知らんうちに倒れるようなことはあるまいな」

「大丈夫だよ、ラミア。ぼくは君の声を聞いているだけですこぶる調子が良いんだから。この前一緒に飲んだハーブティーのお陰で寝つきだって良いし」

「そういうことでは……もう良いもう良い」


 ラミアは旦那のお気楽極まる解答にため息をつきながらそっぽを向いた。この男は自分の状況が分かっているのだろうか。もう既に二度も死にかけたというのに、危機感というものがまるで感じられない。


 先日ルシアスが再び倒れて以来、ラミアはずっと考え続けていた。ルシアスが喰らった毒矢は果たして本当にただの毒矢だったのだろうか、と。

 ラミアは蛇の神だ。思いつく限りの大抵の毒は生み出し、または分解することが出来る。その自分が完全に消し去れない毒となると、そんなものが並大抵の人間に作り出せる訳はない。いや、あるいは……。


「……ところでルシアス、お主さっきから一体何をしとるのじゃ」

「見てのとおり、ラミアが着れそうな服を沢山仕入れて貰ったんだよ。この前うちに来た行商人に頼んでね。ラミアはあまり外に出ないだろ?」


 ルシアスは楽しそうに、ラミアの部屋に運び込まれた荷物をひとつひとつ開けながら、窓から注ぐ光に照らしてそのデザインを矯めつ眇めつしていた。それらは全て、如何にも貴族が着ていそうなお洒落な婦人服の数々だ。


「偶には気分を変えないと、息が詰まってしまうんじゃないかってね。一番合うのは黒っぽい服だけど、違った色やデザインを試してみるのもいいんじゃないか?」

「流石は貴族だけあって金は有り余っとるの……良い良い、どうせ何処にも出かけやせんのに面倒じゃ。お主の趣味になぞ付き合っていられるか」


「えー、母さまつまんないよ!」

 と、いつの間にか会話を聞きつけて部屋にやって来ていたゴルとゴンの双子が、あからさまにブー垂れた顔つきで話題に割って入ってくる。


「こんなに色々あるのに、何にも着ないなんて勿体ないよ!」

「なんじゃお主ら、聞いとったのか?」

「「ねー、見たい見たい見たいー!」」

「こんな時ばかりワガママ言いおってからに!」


 とはいえ、ラミアも子どもたちがあからさまに目を輝かせているとそう邪険にする訳にもいかない。仕方ない、ほんの余興だ。ラミアは子どもたちと、それとついでにルシアスの期待にも応えてやることにした。


 * * *


「ほれ……この服はどうじゃ」

 ラミアは適当に一着服を選ぶと隣の部屋に持っていって着替え、華麗な足取りでルシアスらのいる部屋に舞い戻ってきた。


 ラミアがまず着替えたのは、古代の神話や叙事詩の登場人物を思わせる、亜麻色をした半透明のキトンだった。やや薄手の柔らかい布地で、彼女が一歩一歩進むたびに風圧で裾がひらりと舞い上がり、さながら床の上を滑って移動しているような光景となる。


「「わー、母さまきれい!」」


 子どもたちには大評判だった。一同はいつの間にか他の部屋から人数分の椅子を持参して横一列に並んで座っており、それは殆んど品評会の様相だった。ところで肝心のルシアスはというと、一番端の席で目を見張るように固まり尽くしており、やっと口を開いたかと思えば出てきた言葉が、


「…………女神だ」

「何を今更、当たり前のこと言っておる?」


 髪を蛇化させてもいないのに、石化したみたいに言葉数が少なくなっているルシアスを見てラミアは苦笑した。この男、いつもの無駄な語彙力(ごいりょく)はいったい何処へ消えた?

 服に合わせ髪もバンドで束ねて後頭部へと流しており、髪形を変える機会もなくなっていたラミアにとっては、それも久方ぶりの良い感覚であった。


「ふむ……しかし、もうちょい濃い目の色のが合っとるかの。次じゃ次」


 ラミアが次いで選んだのは、肩から手首、更にはスカートの先端までもが一体と化した、美しさと逞しさを醸し出す赤茶色をしたチュニックドレス。一同の前に姿を現わしその場でくるりと一回転してやると、


「「母さま、カッコいい!」」

「どうじゃルシアス? お主の好きそうな色を選んでやったぞ」

「…………女神だ」

「お主さっきからそれしか言うとらんな?」

「あ、いやすまない。さっきと方向性が違うことは分かるよ」


 ルシアスは、ラミアの不満を見てとったのか慌てて付け加えた。


「さっきのが古い神話に出てくる優雅な暮らしの女神とすれば、今度のは森の奥でひっそりと暮らしている知恵を貸してくれるタイプの女神だ。どっちに振ってもラミアの魅力が凝縮されていて、素敵だよ」

「ならば良いが……今ひとつパンチが欠けている気がするの。どれ、今度はちょっと趣向を変えてみるか」


 そこでラミアは、手の届く距離にあった服の中で、敢えて一番地味なものを着てみせてやることにした。身にまとったのはノースリーブな青いリネンのカートルに白エプロン。早い話が、殆んど町娘みたいな恰好である。しかも丈が少々短くフィッティングが強いことで、体のラインが大きく出た状態。髪は後ろで一本にまとめ上げていた。


「どうにもキツキツじゃな、これは」

 軽く髪をかき上げながらラミアが姿を見せた瞬間、ルシアスが明らかに動揺してガタガタッと椅子を後ずらせた。子どもたちはそれを見て不思議そうに首を傾げている。


「おいルシアス、あの商人ひょっとして間違えて、売り物ではない服を紛れ込ませておらんか……ルシアス? おい、どうしたルシアス?」

「はっ、えっ。すまない、何でもない忘れてくれ…………」

「お主、どうにも上の空じゃの」


 もしやこういう格好が、ルシアスの好みなのか。黒が好きとか言っていた割に町娘風の衣装に大げさに反応してみたり、人間の男の趣味嗜好(しゅみしこう)はイマイチよく分からなかった。


「ゴル、ゴン、お前たちから見てどうじゃ?」

「うーん……なんだか普通!」

「母さまじゃないみたい」

「容赦ないのうお前たち……あーもういい、やめじゃやめ!」

「「えー!」」


 段々と馬鹿らしくなってきたラミアは、とうとうファッションショー終了宣言を出した。子どもたちから不平不満が飛んでくるが、ラミアにとっても所詮は余興である。何もそこまで本気で続けてやる義理はないというものだった。


「そうだ、すっかり忘れていたが」

 その時、出し抜けにルシアスが言った。ポケットの中身をごそごそやったかと思うと、何かを取り出す。それは手の平に収まるぐらいの赤い小さなリボンだった。


「子どもたち用にと、おまけで貰ったんだ。ゴル、ゴン、良かったら髪の毛に結んでみるかい?」

「「……ルシアスさんありがと!」」

「うん、どういたしまして。ラミアも試しにつけてみるかい?」

「な、なに?」

 ルシアスの思わぬ提案にラミアはつい面食らった。


「予備が二本、実は余ってるんだ」

「だってしかし、そいつは子ども用じゃろ」

「今日着てみた服と同じで、試してみるまで分からないよ。髪の毛を蛇に戻してみるのはどうだい? リボンを結んだら普段とは違った印象になるかもしれない」

「いや、しかしじゃな……」

「母さまもつけてみなよ!」


 と、話している傍からルシアスによって髪にリボンを結ばれた娘のゴルが、とててっと近づいてきて、しきりにしゃがみ込むようせがんでくる。ラミアは大いに戸惑った。


「わたしやったげる!」

「ルシアスさんもね!」

「えっ」


 驚くことに、ルシアスもまた息子のゴンにリボンをつけるよう要求されていた。こればっかりは予想外らしく、ルシアスは言い出しっぺなのに目を丸くしていた。ラミアは思わずくくくっと笑ってしまう。

「子どもたちには敵わんな」


 こうしてラミアとルシアスは揃って観念したように、可愛らしい見た目のリボンを子供たちの手でつけられる羽目になった。顔を上げたラミアは、短い頭髪に無理くりリボンを結ばれたルシアスの滑稽な姿を見て、思わず再び笑みをこぼした。


「なんじゃルシアス、お主よう似合っとるの?」

「ラミア、揶揄(からか)わないでくれよ」

 これまた珍しく、ルシアスは苦笑いだった。両手を挙げて降参のポーズである。


「ぼくが悪かった」

「けどみんな、おそろいだねっ!」

「うん、おそろい!」


 ラミアとルシアスは顔を見合わせる。しばらく間があって、彼らはどちらからともなく可笑しそうに笑い出し、子どもたちもつられて笑い出した。おそろいリボンの男爵一家がその日過ごしたのは、いつになく幸福感に満ち溢れた時間だった。

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