独断専行
*この小説はフィクションです。
「遅いね。飲ませないように頼んだのに。それに強い薬を渡したんだけど、上手くいったのかな」
「美鶴さんは誰よりも一番、力弥さんを心配している一人だから大丈夫だと思う。待とう」
力弥は扉越しにそんな会話を耳にする。
自分が眠ってしまったのは薬のせいか、と自分の不覚が腹立たしくなっていた。一度は気にするも、扉を開けて中に入る。
「力弥さん、お疲れ様です。能力を使ったって聞きました。大丈夫ですか?」
力弥が入ってきたことに気付いた流が第一に声を掛ける。
「嗚呼。薬を飲まされたからな。大丈夫だろ。お前は?」
力弥は答えるが、流のことが気になり問い掛ける。
「大丈夫で、」
流は答えようとするも力弥の強い視線を感じ、言葉が途切れてしまう。
「癒維。状態を教えてくれ」
力弥は流の様子を無視して癒維に声を掛ける。流を信じていない訳ではない。
気に留めれば、心配して作戦どころではなくなると思ったのだ。作戦を成功させ、敵の目的を阻止したい一心な気持ちだった。
「御二方、両方とも良くないです。二人とも無理しすぎなんですよ。勇輝くんはまだ眠ってます。すぐに治りますが、力弥さん力加減してないですよね。本当に力を止めるために容赦ないというか……」
癒維は状態を伝えると、呆れたように溜め息を零す。二人はその場を誤魔化すように視線を左右に泳がせた。
それでも、癒維には誤魔化せない。
「力弥さんは能力の使いすぎに煙草とお酒を控えること。流は過去と今を行き来しすぎ。体に負担掛けること分かってるよね?」
「分かってるよ。でも、やめることは出来ない。それが俺の役割だから、」
流は真剣な表情で言葉を口にする。至って真面目だ。
一方、力弥はだんまりを決め込む。力弥の頭の中では分かっている。現実はそうも言ってられなかった。
敵を阻止するためには過去に戻ったり、能力を使わずにはいられない。でなければ、過去を変えられて災害が起きてしまう。
彼らは力が強い。能力を使い戦闘力もないと勝てない。力弥は何も言えなかった。
「けど、このままだと二人とも死にますよ。誰が指揮取るんですか」
力弥は癒維の言葉を無視し、棚にある薬を持っていけるだけ手に取ると、勇輝のほうへと足を向ける。
流はその姿を黙って見ている。だが、癒維は黙ってはいない。
「力弥さん、能力を使っちゃ駄目です。絶対に。それに大量の薬を持っていかないでくれますか?」
「あ?」
癒維が言葉を口にすると、力弥は不機嫌に顔をしかめる。そのまま構わずに勇輝のほうへと向かった。
「ここは医務室です。薬は返してくれますか? 薬が無くなったら医務室の意味がありません」
力弥の後を追い、声を掛け続ける癒維に力弥は諦めたのか、持っている薬を床にわざと落とした。
「俺に構うんじゃねぇ。俺は俺のやり方で野郎たちをぶっ潰す。反論があるなら勇輝と流を連れてここを出ていく」
力弥は癒維に苛立ち言葉を放つ。癒維の答えも待たずに眠っている勇輝を担ぎ上げる。
担ぎ上げたまま、流に目で合図を送る。流は首を縦に振り、医務室を出ようとする力弥の後に続いた。
「ちょっと待ってください! あの子たちはどうするんですか。二人を信用してるんですよ!」
癒維が叫ぶように大きな声を出すと、流が一度は振り向くものの力弥は無視して去っていく。流は癒維に向かって御免と謝って、その場を去ってしまった。
癒維は何も出来ず、ただ呆然と立っていた。
勇輝を抱えた力弥、その後をついていく流は組織の住み処を出ていくことにした。三人は人気がない路地へと足を踏み入れる。
「本当にいいんですか? 皆、心配すると思いますよ」
「もう心配させてるが、お前は気にしなくていい。あいつらは隼人に任せてある」
流が声を掛けると、力弥は安心させるように答える。それにも関わらず、流の表情は不安そうだ。
それだけでは納得がいかなかった。その理由は力弥の体調が気になっているからだ。
流の不安そうな顔に力弥は思う。
「不満なら組織に戻ってもいい。俺は勇輝と司で動く」
意外な言葉に流は驚く。今まで慕ってきたが、つき放される言葉は流にとっては多くはない。
何かを抱えていると思えてきたのだ。立ち止まっている流を余所に力弥は前を歩く。大きい背中を見つめ、流は不意に思い出す。
きっと、透子の事を今も背負っているのだ、と。そう思うと、一人で抱える力弥の後を追わなければと思った。
小走りをする流に力弥は立ち止まる。
「急がなくていい。お前の身体は相当弱ってるだろ」
「それは力弥さんも、」
「うるせぇよ」
流に注意するも言葉を返されてしまう力弥は声を荒立てる。言葉が続かなくなり、二人の間に気まずい空気が流れ始めた。二人は何も喋らないが、歩き続ける。
「今からどこへ?」
不意に流が問い掛ける。力弥は黙り続けている。
流は人気がない路地を歩いたことがあっても、力弥がどこに向かっているのか想像が出来ない。
力弥に担がれている勇輝が目を覚ますと、暴れ出し、仕方なく力弥は降ろすことにした。
勇輝は力弥から状況を説明され驚いて混乱する。そんな勇輝を落ち着かせようと力弥が守ってやると口にする。それでも勇輝は混乱したままだ。
覚えていないことが多いとはいえ、記憶を無くした状態から色々と巻き込まれている。何が起こるか想像出来ない状況で混乱するのは当たり前だった。
「今、ここで殺られたいか?」
力弥は溜め息を一つ零し、勇輝を脅すように低い声で問い掛ける。勇輝は無言で首を横に振って、すみませんと一言ぽつりと呟く。
そんな二人の様子を見て流は不安になりながらも力弥の後をついていった。
たどり着いた場所は今は使われていないであろう建物の前。平然と建物の中に入っていく力弥だが、流と下ろされた勇輝は怪しげに見上げるばかり。
建物といっても周りの建物に囲まれていて、目立ちにくい。人目を遮るせいか、人の通りも少ない。路地に入らなければ見つけることはないだろう。
二人は辺りを見渡した後、お互い見やる。流は勇輝を安心させるように大丈夫だと目で合図を送って微笑むが目は笑っていない。
安心できる確信はないと察した勇輝は不安を覚えた。
「おい、早く来い」
二人が来ないことに気が付いた力弥が戻ってくる。二人が不安そうな表情をしているのを見て、力弥は嘆息を吐く。
「中に司がいる。危険はねぇよ」
一言吐くと、中へと入っていった。
「大丈夫。力弥さんはああ見えて優しいから」
流は微笑みながら言葉をぽつりと漏らすと、室内へと入っていってしまった。
勇輝はまだ不安な表情だが、人気がない場所で一人待つのもと思い、仕方なく流の後に続いた。
室内に入ると、真っ先に司の姿が目に入る。近くに何かで拘束された状態で見知らぬ誰かが座り込んでいた。二人はどういう状況なのか全く理解出来ず、思考が停止する。
力弥は煙草を取り出し、吸い始めようとしている。流は咄嗟に力弥に駆け寄り、煙草を奪い取る。
「煙草は禁止ですよ。もう少し自分の体を考えてください。それより、この状況を説明してください」
力弥は深い溜め息を吐くだけで流の言葉に答えない。すぐに司に視線を向けた。煙草を没収されたことで少しばかり苛立っていた。
「そういや、流に説明してなかったっけな。俺さ、あの時から力弥さんに過去を変えたい人の保護と監視を頼まれているんだ。で、この人も保護してるってわけ」
司は説明するが、流は未だに司の言っている事が理解出来ない。どこからどう見ても、保護というより捕獲に近い。寧ろその状況に見えた。
「悪い。けど、力弥さんも言っといてくださいよ。力弥さんが俺に頼んだんだから」
力弥は黙っている。煙草を奪われたこともあるが、この状況が面倒で不機嫌になってしまったのだ。
空気がどんよりと濁っている中で、力弥が司に後は頼むと言葉を残して去っていった。去り際に勇輝の肩をぽんと叩く。
「お前は俺が守ってやるから安心しろ」
勇輝に声を掛けると、外に出ていった。
力弥が出ていった後、周りの空気のどんよりさが少しばかり軽くなったような気がしたのは勇輝だけのようだ。流、司、拘束された者の間には未だに緊迫した空気が漂っている。
突如、指をぱちんと鳴らす音が辺りに響き渡る。直後、過去を変えたい者が口を開く。
「二度と過去を変えたいと思わないので、解放してください。ただ、事故で亡くなった妻と息子に会いたかっただけなんです……」
男が口にする言葉には申し訳なさとどこか寂しそうな気持ちが感じ取れた。それでも司は表情を変えない。
変えたい気持ちがなくなっても、また変えたくなる可能性がある。逃してしまえば、変える者に見つかって、力づくで過去を変えるか殺められてしまうだろうと司は考えていた。
「駄目だ。保護って言っただろ。逃したら、あんた狙われて殺されるぞ」
「それでも構いません。あなたたちには迷惑を掛けませんから、どうかお願いします」
司は指をぱちんと鳴らした。変えたい者は口を閉ざされた。
「悪いね。狙われたらこっちの都合にも悪影響なんだ。暫くここにいてもらうよ」
「すみません。そういう事で解決するまで我慢してください」
司と流はそれぞれ言葉を口にした。事情を知っている勇輝は何も言うことが出来なかった。
本日で今年の更新は最後になります。
次話更新日は1月4日(木)の予定です。
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