生きるために得た能力 (龍ヶ崎 美鶴)
*この小説はフィクションです。
ここまでなんとか耐えてきた。だから、倒れるわけにはいかないのよ。もう少し、もう少し。
あの人と約束したからにはあの子たちを守らなきゃいけないの。だから……。
どんなに心から願っても、能力者といえども所詮は人間。
気がつけば、目の前が真っ暗になった。それでも、私は生きなきゃいけない。
兄さんのために。あの人のために。過去を変えるのを止めなければならないんだから。
*
その日は重苦しい空の日だった。気分が沈みそうになる。
それでも、仕事は休めない。休もうと思えば、休めるかもしれない。けれど、そんなことも言ってられない職業。
何があっても、行かなければならない。人を助けるためには仕方のないこと。
そんなことを考えながら、仕事に行く支度をし、家を出ようとした時だった。
突然、携帯が静かに鳴った。
通知を確認すると、兄さんからだった。すぐに内容を確認する。
『美鶴、おはよう。仕事が終わったら会わないか? 大事な話があるんだ』
文章を読み終えて、簡単な返信だけをする。兄さんは私にとってなんでもないことでも、大事な話があると言う。
取り敢えず、会う約束だけをした。時計を確認し、時間を確認する。時刻は七時半。
急いで家を出た。
いつもある事だったから、その時は気にしていなかった。本当に大事なことだと知らずに私は職場へと向かった。
仕事を終え、退勤しようとした時だった。
「龍ヶ崎さん、ちょっといい?」
知り合いの梓川先生に声をかけられた。
「どうしたの?」
私は大丈夫とは言わず、何があるのかを聞いたつもりだった。
梓川先生は下を向いたまま黙ってしまう。何か言いにくいことがあるのかもしれない。
けれど、このまま待っているわけにはいかない。この後、兄さんと約束しているからすぐにでも出なきゃいけないの。
「ごめんなさい。言えるようになったら聞くわ」
言葉を残し、その場を後にした。
梓川先生の不安げな顔つきが頭に浮かぶ。動かしていた足を止めた。
ふと、思いが過ぎる。もし、梓川先生が患者のことで何か報告があるならば、聞かなかった私は後悔するかもしれない。
けれど、兄さんとの約束も守りたい。
でも今の私は決まっていた。ごめんなさい、兄さん。
私はさっきのいた場所へと戻った。
梓川先生の元に戻ると、彼女は驚いた表情で私を見つめていた。
「龍ヶ崎先生?」
不思議そうに見つめながら、問いかけられる。
「さっき、何を言おうとしていたのか気になってしまって」
私はそれだけを言葉にする。
彼女の顔が曇ったのが分かった。きっと、私の予想していることなのかもしれない。
「梓川先生」
俯いて話そうとしない彼女に呼びかける。
やっと、彼女と視線が合った。
「実はね、」
言葉を切り出された後、予想もしていない話を聞かされた。
約一ヶ月前。
私はある患者を担当することになった。当時、患者の病状が進行していた。
手術が必要な状態で緊急手術を行った結果、成功した。それなのに、患者の状態は良くならないまま、長い昏睡に陥っていた。
それは起こってしまう。
患者の容態が急変し、事態が悪化してしまう。
私はすぐに対応した。けれど、患者は亡くなってしまった。
今思えば、もしかしたら患者さんは救えたかもしれない。それなのに、あの時の記憶を思い出せば、本当に救えたのか疑心を抱いてしまう。
きっと、どんなに経験を積んでいたとしても助けられなかっただろう、と。
「龍ヶ崎先生」
はっとして我に返り、梓川先生の方を向く。
「それでね、院長から話があるって。院長室に来るように伝えてって言われたの。私、このあと予定があるから案内できなくて、」
「分かったわ。梓川先生、ありがとう」
取り敢えず、私は院長室に行くことにした。
兄さん、ごめんなさい。兄さんには届かないけれど、内心謝りつつも、院長室へと向かった。
院長室の前に辿り着くと、中から話し声が聞こえてきた。
『優秀な人材を手放すつもりですか?』
『仕方ないだろ。恐れていた事態が起こってしまったんだ。ここに置いておくにはいかんのだ』
嫌な予感がする。話し声で分かってしまうほどに、ぐさりと言葉が投げつけられたような感覚を覚えた。
恐らく、私は……
思い切って、院長室に入る。そこで予想していた言葉を聞くことになる。
数週間前に亡くなった患者のご家族から訴訟を起こされたこと。担当医だった私にではなく、病院が訴えられた。
裁判にはならなかったものの、私は病院を辞めさせられることになった。
担当したのは私。責任はある。けれど、他にやれることはない。責任を持って辞めること以外には私にできることはないから。
仕方なく従うことにした。医師免許は剥奪されなかったものの、職を失ってしまった。
嫌なことは続く。
職を失った後、私は兄さんに連絡を取った。けれど、兄さんから返事が来ることはなかった。
私が約束通りに、会ってれば良かったのかもしれない。そんな後悔をしても、兄さんから連絡が来ることはないのに。
そんなことを考えながら、日常をやり過ごしていたある日のこと。
ふと、私はある酒場の前で立ち止まった。懐かしい思い出が脳裏によみがえる。来たことがないのに、懐かしさから中へと入っていった。
「いらっしゃい。お一人かい?」
雰囲気に合うお爺さんが一人、カウンターの奥から現れた。
一旦、席に座ろうとした時だった。一人の人物が視界に入った。見覚えのある姿。というよりも、兄さんの面影がある。もしかしたら、本当に兄さんなのかもしれない。
不意に人物がこっちを向いた。
「美鶴、やっと会えたな」
「兄さん!」
思わず、大声を出してしまい、手で口を覆った。辺りを見渡すけれど、他にお客がいない。ほっと一息つく。
「待っていたよ。色々大変だったみたいだな」
兄さんの言葉に答えようとした時、ふと思い出す。なぜ、兄さんは私が大変な思いをしていることを知っているのだろう。
どうやって知ったのか問いかけようとした時だった。
「美鶴に話しておきたい大事なことがあるんだ。聞いてくれるか?」
私は断らずに話を聞くことにした。
信じられない話。
この世に能力を持った人間がいることを知る。
生まれ持つ能力者やあとで目覚める能力者。能力は人それぞれ違うという。
能力者は過去を行き来できるらしい。兄さんも能力者だということも聞いた。
能力と過去を行き来できることを利用した悪い者もいるとも言われた。その者たちを止めなければ、世界が滅びるとも。
最初は嘘だと思った。真剣に話す兄さんの姿が嘘だと思えなくて、顔が引きつったのを覚えている。
後日、また兄さんと会う約束をした。それにも関わらず、兄さんは現れなかった。
マスターに行方を聞いても、知らないという。兄さんはどこへ行ってしまったんだろう。
そんなある日、酒場にある人物が現れた。彼も能力者だった。
能力者ではない私に仲間になってほしいと頼まれた。世界を滅ぼす者たちを止めることに協力してほしいと。
もしかしたら、兄さんを知っているかもしれない。そう思い、協力することにした。
けれど、兄さんの行方は分からなかった。
後に兄さんが世界を滅ぼす側にいることを知った。
しばらく経った頃、酒場が閉店したことを知った私は能力者と一緒にともに行動した。
それがあの人、千堂力弥さんだった。彼には小さな子どもがいた。その子が勇輝くん。
それから日が経ち、半年が過ぎ去ろうとしていた。
私は路地裏に来ていた。路地裏に来た理由、世界を滅ぼす能力者がいるかもしれない証拠を掴んだから。
突然、目の前に門が現れた。誰かが門の奥から出てくるのが見える。誰なのか、少しずつはっきりしてくる。
「兄さん、」
言葉を掛けようとした。兄さんの姿を見た瞬間、あとの言葉が続かず、途切れてしまった。
思わず、駆け寄った。
「兄さん」
兄さんの姿は傷だらけで今にも倒れそうなくらいにおぼつかない足取りで歩いている。よく見れば、服に血液がにじんでいる。
私の姿を見て、兄さんは笑った。同時にばたっと倒れた。
「美鶴、俺の、能力、渡す、から、後は、」
兄さんはそう言って、私に向かって片手を翳した後、息を引き取った。
兄さんの言葉がいつまでも頭の中に焼きついている。
きっと、兄さんは利用されたんだと思うようになった。私は兄さんのために生きなきゃいけない。私は……
「そいつの仲間か? あー、身内だったか。お前の能力、見させてもらう」
「うるさい!」
気付いたら、能力が発動していた。後から思い出したことだけど、知らないうちに攻撃をしていたせいで、敵わない相手に向かっていったのが発端だったのだと気付いた。
やられるわけにはいかない。ただ、強く思っていただけ。
気付いたら、気を失っていた。
「みっちゃん、良かった。待って、お父さん呼んでくるね」
目が覚めたら、勇輝くんがいた。怪我をしていたはずの私の体は無傷のような何事もなかった。
これから先、守っていかないといけない。だから、倒れるわけにはいかない。生きなきゃいけないのよ。
次回は1月22日(木)の予定です。
*時間帯は未定です。
本編をお休みしますが、新しい情報を記載した登場人物紹介・他を更新します。
本編は2月の予定です。もしかしたら、2月に更新頻度を変更する可能性があります。
詳しくはまたお知らせします。
それでは、また更新日に!




