異変
*この小説はフィクションです。
阻止する者の隠れ住処。緊迫した空気が漂っているが、更に険しい空気になっていた。
「癒維ちゃん、絶対に能力を使わないで」
美鶴は癒維に命じる。思わぬ言葉に癒維は目を丸くする。
「何を言ってるんですか! このままじゃ、勇輝くんまでも、」
美鶴の言葉に声を荒げる癒維。少し離れている彼らにも声が届き、彼らは一斉に振り向いた。
然し、癒維たちがいる部屋は扉が閉まっている。
それでも、癒維の声で不安が募っていた。
美鶴が勇輝を連れて戻ってきてから約一時間が経とうとしている。
ここにくる途中、美鶴は勇輝にできる限りのことをした。然し、思っていたほど傷が深く、応急処置しきれなかった。
気を失っていた勇輝は美鶴の処置のおかげで目を開けていた。すぐに閉じてしまったが、美鶴に言葉を伝えていた。
自分は大丈夫、自分よりも二人を連れ戻してきて、と。美鶴は約束した。
今は傷を負っている勇輝の方が最優先だと思い、癒維と医療隊員ととも勇輝を治療することにした。
現在、美鶴たちは勇輝の怪我を治している。治療のときは程度によって癒維に頼ることがある。
癒維の能力は怪我を治す。小さな傷や怪我は能力を使って治しても、代償の影響が小さい。
然し、勇輝は重体。重体でも癒維の性格上、能力を使おうとするだろうと美鶴は思った。思った通りの癒維の反応。助けたい気持ちがある限り、当然のこと。
癒維は大声を張り上げたが、言葉が途切れてしまった。美鶴と視線が合う。美鶴の真剣な目つきに絶対に死なせないという思いを感じ取った。
勇輝は力弥の息子。嘗て、力弥は阻止する者を指揮していた。
能力の代償で命を落としてしまったが、能力の強さは計り知れない。強さは本物だ。
息子である勇輝も圧倒的な強さを持っている。
そのため、たとえ勇輝の身に何があっても、死なせてはならない。美鶴も癒維もそのことは理解している。
「癒維ちゃん、治療に全力を尽くしましょう」
「はい」
長時間の処置が続いたのだった。
それから、どのくらい経っただろうか。順調に処置が終わった。
幸いなことに急所を外されていたおかげで勇輝の命は助かった。
「癒維ちゃん、ありがとう」
美鶴は癒維に御礼の言葉を伝えると、辺りを見回し、協力してくれた医療隊員たちにも感謝した。
「美鶴さんのおかけですよ」
医療隊員たちは笑顔で答えた。
不意に美鶴と癒維の視線が合う。癒維の表情が引き攣る。
「美鶴さん。あとは私たちが勇輝くんを見ていますから休んでください」
心配そうな顔で、美鶴に声をかける。先程までの不安な眼差しからは想像できないほどに落ち着いている。
美鶴は大丈夫と答えようとしたが、体に痛みを覚え、言葉を飲み込んだ。
癒維たちにあとを頼んで、処置室から去っていった。
処置室から出た美鶴は休もうと一息つく。そのときだった。出入り口の前で司が待っていた。
「美鶴さん! 今すぐ来てください」
司は美鶴の姿を目にすると、すかさず声をかける。美鶴は何があったのと問いかけようとした。目で訴えるような司の眼差しに言葉を飲む。
緊急事態だとすぐに理解した。司に案内してと言葉をかけ、急いで向かった。
着いた場所は流の亡き骸がある場所。『安置室』
美鶴は躊躇うことなく中に入る。流の遺体があることは変わらない。
すぐに異変に気づいた。
「いつから?」
司に問いかけるが、沈黙が漂い始めた。美鶴は無理に理由を聞こうとしない。そのまま、流の遺体を確認した。
流はすでに亡くなっている。遺体も確かに存在する。それにも関わらず、流の遺体が僅かだが、透けているのだ。
すでに亡くなった風粏と力弥には現れなかった症状。司は初めて見た流の姿に戸惑いつつも、美鶴を呼び出した。
美鶴でさえ、見たことがない。
司が透明化するのは能力によって起きる現象だ。流の能力は透明化ではない。
流の能力は流れを作り出す。症状は起きない。起きてはならない。
「もしかして、何かが起きているのかもしれないわね。司ちゃん、包帯を持ってきてちょうだい」
司はその場から動かない。流の遺体をただただ見つめている。
「司ちゃん」
再び、美鶴は呼びかける。それでも、司は黙っている。
仕方なく、自分で取りに行くことにした。
安置室を離れると、待っていたかのように探と寧々、隼人が寄ってきた。
「勇輝は? 大丈夫なの?」
「美鶴さん」
不安そうな表情を浮かべながら、探と寧々が言葉を発する。探は勇輝を、寧々は美鶴のことを気にかけている。
ふと、美鶴は二人ではなく隼人に目を向ける。目が合い、真剣な眼差しで隼人を見やった。美鶴の表情に隼人は何かを察した。
「美鶴さん、何をすればいいですか? 俺、なんでもやります」
美鶴は視線を変える。視線を向けた先は司と一緒にいた安置室の方向。
「私は包帯を持って安置室に行くわ。先に安置室に行ってくれるかしら。そこに司ちゃんがいるの。落ち着いたら、司ちゃんに二丈財閥のことを聞いてちょうだい」
「はい」
美鶴は隼人の返事を聞くと、そのまま去ろうとした。不意に振り返り、探と寧々に勇輝くんは大丈夫と伝えた。
今は休ませといてと言葉を付け足すと、その場を去ろうとした。
不意にふらついてしまう。
「美鶴さん!」
寧々が駆け寄り、手を貸す。
「ありがとう、寧々。でも、大丈夫よ」
「でも、美鶴さん無理してるでしょ。私には分かるもん」
言葉通り、寧々には美鶴の異変に気づいていた。異変が能力の代償によることだとも勘づいている。
それでも、美鶴は平然としている。
「大丈夫よ。私にはこれがあるから」
そう言って、ポケットから注射を取り出した。服の袖をまくり、自分の腕に刺す。
その光景に三人は思わず息をのむ。
美鶴は医療従事者。自分の体調はどうにでもなると考えている。
「美鶴さん。それ、大丈夫とは言えませんよね」
不意に隼人が言葉にする。探と寧々は目を合わせ、美鶴をじっと見つめる。
「大丈夫、よ。だから、」
言葉を途切らせると、倒れてしまった。
『美鶴さん!』
三人は声を揃えて、美鶴に駆け寄った。
次話更新日は1月8日(木)の予定です。
*時間帯は未定です。
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