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悔やむ気持ちを胸に

*この小説はフィクションです。

 力弥は医務室を後にし、酒場に向かった。酒場に着くと、扉を開ける。カランカランと鈴の音が鳴った。

 力弥は遠慮なく中に入って、カウンター席にどかっと座った。

「いらっしゃい。御免なさい。お酒は出せないの」

 柔らかな声の美鶴は力弥に言葉を掛けると、酒の代わりにお冷を差し出す。力弥は呆れて溜め息を零した。

 目の前のグラスを手に取り、水を飲み干した。

「癒維から聞いてる。俺の体の事は自分が一番わかってるってのによ」

「自分のことを一番分かってる人が無理して発作起こすなんてあり得ないけど?」

 余裕な表情の美鶴に力弥は顔を歪め、舌打ちをする。そんな姿の力弥に美鶴は呆れたように溜め息を吐いた。

「本当、自分のこと分かってないのね。で、お酒出せなくても話は聞くわ。透子さんのことかしら? それとも、勇輝くん?」

 言葉を続ける美鶴は嬉しそうな笑みを浮かべて空っぽのグラスに水を注ぎ足した。力弥は注ぎ足される水を眺めながら、少しばかり不機嫌になる。

「勇輝が一瞬だけ能力を取り戻しやがった。正確には無理矢理呼び起こさせた。暴走さえしなければ、野郎どもに勝てるかもしれねぇって話だ」

 美鶴は驚いたようなまん丸な目をし、笑みを浮かべる。美鶴にとって、能力者にとって、有益な話なのだ。

「朗報ね! けど、制御には時間を掛けてられないわ。変動は起きてるもの。動き始めたってことでしょ」

「そこなんだ。勇輝が早く全ての記憶を取り戻してくれりゃ能力の制御も上手くいく。あいつは俺よりはるかに強い。能力を三つ(••)持ってることも有利だ。今の勇輝じゃ狙われて終いだ」

 抱えている悩みの種は考えても解決には至らない。それを知っている力弥でさえ、問題はどうすればいいのかと考えてしまう。


 一度深い溜め息を吐く力弥は水が入ったグラスを手に取る。飲もうと口に運ぶが、手を止めた。

「水割りでも駄目か?」

「駄目よ」

 無理だろうと分かっていても言葉を口にしてみたが、美鶴には効かなかった。仕方なく水を飲むことにした。冷たい水が力弥の喉を通る。

 一呼吸置くと、美鶴を見やる。美鶴と目が合うと、下を向いて俯いた。

「俺は、酒を飲まねぇと壊れちまうかもしれねぇ。今でもあの時の透子の顔が忘れられねぇんだよ」

 言葉を切り出した力弥の表情がどこか寂しさを映していた。力弥の脳内に時々よみがえる、『あの時』の透子の姿。


 美鶴は透子を写真でしか知らない。それでも、力弥の寂しさは感じ取れた。ふーと聞こえそうなくらいに呆れて溜め息を吐く。

「悔やんでもいいけど、透子さんはどう思ってると思うの? 勇輝くんを託されたんでしょ? それなら、勇輝くんを信じてやったらどうなの。透子さんが泣くわよ」

「俺が泣きてぇ。酒を出してくれ」

 力弥は弱音を吐くと、空っぽのグラスを美鶴に差し出した。美鶴は弱々しい力弥を見て見ぬふりをするように視線を逸らす。

「あのね、自分の体のこと少しは労りなさい。煙草吸って、お酒も飲んで、能力使いすぎて発作起こして、いつか本当に体が動かなくなるわよ」

「俺がどうなろうと勝手だろ。どいつもこいつも俺の心配ばかりしやがって、俺はやりたいようにやれればいいんだ」

 力弥は言葉を吐き捨て、テーブルに突っ伏してしまう。美鶴は呆れて物も言えなくなった。

 沈黙が流れ、力弥が眠ったのを確認する。

「薬は飲み慣れてるんじゃなかったの? 少量でも副作用が強すぎるのよコレ。後で癒維ちゃんに効き目が強すぎるって報告しなくちゃ。それより、かなり体が弱ってるわね。透子さんがなんて思うか、」

 隠していた薬を取り出して、誰に言うわけではなく独り言を呟く。水だと偽って少量のを足していたのだ。

 美鶴は何かを書き残し、隅に置いていたカーディガンを眠っている力弥にそっと掛ける。

 鍵を取り出して、メモと一緒にテーブルに置くと、そのまま店の外に出ていった。




 どのくらい経っただろうか。力弥は不意に目を覚まし、がばっと飛び起きた。自分がいつ寝たのか記憶にない。どこにいるのか、辺りを見渡し確認する。

 美鶴がいた酒場だと気付く。辺りを見渡しても美鶴の姿はない。テーブルに何かを書き残した紙と一つの鍵を見つけた。

 紙には『あとはよろしく。鍵は癒維ちゃんに渡しといて。またいつでも透子さんの話、聞くわ』とだけ書かれていた。


 力弥は記憶を思い出す。勇輝の話をした後、眠気があったのは覚えている。その先は何を話していたのか忘れていた。

 酒を出せないと美鶴は口にしていたが、結局は酒をくれたんだろうと力弥は思った。眠気は薬の副作用からだとは知らない。強い薬だということも。

 不意に前髪を掻き上げると、椅子から腰を上げ、鍵を手に取る。後ろでするりと何かが落ちた。

 床には女性物のカーディガンが落ちていた。力弥はそれを拾い上げる。

「んだよ。こんな物、掛けてくれなくてもいいのによ。どいつもこいつも、」

 言葉を言いかけるが、留まる。その理由は優しさを感じたからだ。

 力弥は思う。今まで優しさなどうんざりだった、と。改めて思うと、悪くない気がした。

 ふっと笑みが漏れ、カーディガンをテーブルに乗せた。再び前髪を掻き上げると、力弥はその場を去っていった。


 外に出ると、深く息を吸い込む。何を思ったのか、不意にペンダントの鎖を引っ張り出してロケットペンダントを取り出す。

 強く握ったまま、左胸に当てる。

「透子、すまん。俺はお前がいないと何も出来ねぇ。今でもお前が生きていたらと思うと弱っちまう。情けねぇよな。こんな俺を許してくれ」

 力弥は声を出さずにはいられなかった。

 精神も限界が来ているが、ロケットペンダントのおかげで何とかここまでこれたようなものだ。なぜなら、ペンダントには透子の写真が入っている。力弥は透子が側にいると感じれている。


 一度深呼吸をし、ペンダントを胸元に閉まった。力弥はふと思う。

 自分の寿命が尽きるのはいつなのか、と。これまでどれだけ寿命を減らしてきたのか数えきれない。それほどまでに負荷が大きい。

 力弥でも勇輝が記憶を全て取り戻すまでどのくらい掛かるのか正直分かってない。もしかしたら、すぐに取り戻すかもしれない。はたまた、何年後かもしれない。

 それほど、勇輝の記憶の代償は大きかった。その間、勇輝は狙われる。感情的になりやすいのは相手にとって過去を変えるには好都合なのだ。

「なるようにしかならねぇ。俺の身体が持ってくれさえすればな、」

 いつの間にか、空は雨が降り出しそうな雲行きになっていた。空を見上げる力弥は眉間に皺を寄せる。

「最悪なことにならなきゃいいんだが、」

 ぽつりと呟くと、歩き出した。



次話更新日は12月28日(木)の予定です。

良ければ感想、評価、コメントしてくださると嬉しいです。

誤字脱字もお待ちしてますm(._.)m


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