優しさを知って(呉羽 癒維)
*この小説はフィクションです。
もう、誰も失いたくない。だから私は医者になったの。だから、人の怪我を治す能力者になったのかもしれない。
だけど、それは人の死に向き合わなければいけないことだということ。
それにも関わらず、いつだって人の死には慣れない。慣れなくていいって言ってくれたのに、慣れなきゃいけない。
いつまでも、泣いてばかりな私だから。
*
医療従事者の職業に就いて三年が経って、ある患者さんと出会った。
その人は親切で誰に対しても優しかった。私にとっては大切な内の一人だった。
「癒維先生」
突然、声を掛けられて我に返る。視線の先には彼女が心配そうな顔を向けていた。
彼女の名前は峯川頼子さん。世間で言う年配者。私にとっては人生の先輩とも言える。
彼女の優しさに心が晴れやかになる。
だけど、彼女は患者という立場でもある。彼女の病気は……。
「癒維先生、元気ないね。どうしたの?」
その言葉に思わず笑顔を作る。いつも通りですよと思い浮かんだ言葉で答えた。
自分は医療従事者という立場。患者である頼子さんに心配かけてはいけない。そう思った瞬間、腕を掴まれた。その力強さに動揺してしまう。
「大丈夫よ。癒維先生が心配するのは分かるけれども、私のことは自分がよく分かってるから」
頼子さんは言葉を口にして笑った。その笑顔が私の心に深く刺さる。
彼女の病気の治療法は難しい。体に負担を掛けてしまう。そのことをしっかりと相談し合って決めたというのに、私は……。
「癒維先生が気にすることはないわ。ほら、笑って」
無理に笑うと顔が引きつって、上手く笑えない。回診をしてなんとか耐えているけれど、ちょっとでも気を緩めれば涙が出てしまいそうになる。
頼子さんが気を遣ってくれて話しかけたおかげで診察が終わった。
様子から元気そうな姿を見ていて大丈夫だと思った。それは、すぐにやってくる。
一週間後、頼子さんは亡くなった。それは、突然のことだった。
頼子さんが亡くなって一カ月が経とうとする頃、ある話を聞いた。休憩時間に入って、控室に向かっている時だった。
「呉羽先生、大丈夫か?」
「頼子さんのこともあったからね。でも、医者である以上は人の死は避けられない。最近まで休んでいたから心配よね」
そんな会話を耳にした。扉越しとはいえ、聞こえてくる。
会話の通り、最近まで休んでいた。普通なら、休んでいられないだろうし、辞めさせられる。
数週間を休みをもらって、復帰できた。それでも、心細く感じている。
突然、何かと衝突してしまった。顔を前に向けると、話していた村重先生と視線が合ってしまう。
動揺して声が出ない。
「呉羽、先生。おは、よう。あまり無理をしないように、な」
村重先生は私に言葉を掛けて、すぐにその場を去っていった。お礼を言いたかったけど、すぐにその場から去っていって、声をかけることができなかった。
私が居ることを知らずにあの話題。気まずい思いをさせてしまった。
気を直して、まだ控室に残っている甲斐先生にちらっと視線を移す。
何事もなかったように冷静を装った。
「呉羽先生。大変だったでしょ。無理な時は言ってね。いつでも話を聞くから」
不意に声を掛けられ、私は甲斐先生をそっと見た。甲斐先生は私の視線に気づくと、心配そうな顔をする。
あの後から私は何かある度に甲斐先生に相談している。先輩医師ということもあり、色々と助言を得ている。気持ちが楽になり、不安になることが多かった日々が少しずつ薄れていくような気がした。
そんなある日、普通の日常を狂わせる出来事が起こる。
その日は空が曇っていて、何かが起こりそうな予感がした。
その予感が当たるなんてこの時は思っていなかった。思いたくない。
突然、大きく揺れ始める。病院に居た私は、咄嗟に近くの机の下に潜り込んだ。
揺れは長く続いた。揺れがおさまるのを待つ。途中、叫び声を聞いて助けなきゃいけないと思い、その場を離れようとした。
大きな揺れに立ち上がることが出来なくなり、その場から離れることが出来なくなってしまった。
仕方なく、揺れを待つことにした。
揺れがおさまり、机の下から出ると、光景に目を疑った。
ちょうど、ナースステーションに居た私は視界に入った悲惨な光景に言葉を失う。
棚から医療用品や診療記録が床に散乱していた。
視線の先には看護師が倒れている。すぐに看護師がいるところへと向かう。
そこで気づいてしまう。倒れているのは看護師だけではない。
廊下に人がたくさん倒れている。なんとかしなきゃいけない。
とりあえず、状況を把握するために辺りを見渡す。近くに助けてもらえそうな人はいない。自分が動かなきゃいけない。
近くにあった医療用品と消毒を手にとり、倒れている人たちの様子を見る。
大丈夫ですかと声を掛けながら、一人ずつ対応していくけど、意識がない人たちが多い。
大きな地震とはいえ、建物は崩壊していない。身の安全を守っていれば、こんなことにはならないはず。
それなのに、どうして……。
起こった出来事に取り乱していると、誰かに腕を掴まれた。
顔を上げると、どこかで見たような女性の顔が映る。今は普段着を着ているけれど、白衣を着ている姿が頭に浮かんだ。
確か、この人は。
「あなた、ここで働いているのね。無事で良かったわ。手伝ってくれる?」
考え込んでいると、ふと問いかけられる。応えようとした瞬間、手が震えていることに気づいた。
お願い、今だけ震え止まって。人を助けなければならないから。お願い。
気付けば、私は知らない場所にいた。後に聞いたことだけれど、能力者を保護しているという。
能力者は言葉の通り、普通の人にはない能力がそれぞれある。過去に戻ることもできると聞いた。
力を合わせて、過去を変える人たちを阻止するために協力してほしいと頼まれた。
知らない単語ばかりで唖然とする。私は能力者ではないと伝えたら、あの時に見せてもらったと女性に聞いた。
あの時、もしかして私が混乱して対応できなくなったときかもしれない。でも、能力を発動した覚えがない。全く。
名前を聞くと、女性は龍ヶ崎美鶴さん。以前、私が勤めている病院に来た医師だった。
助けてもらったけれど、知らない状況に困惑するばかり。
そんな時、ある人に出会った。能力者らしい。困惑している中、言った。
「皆、境遇は同じ。何かあったら、言ってくれ」
言葉を残して、去ってしまった。
それからは能力者として生きることになった。能力者とはいえ、持たない人たちと同じ。
優しさを知ってしまった。
あの時のような悲しみは訪れてほしくないのに。
これから、私はどうしたらいいんだろう。
次話更新日は10月30日(木)の予定です。
*時間帯は未定です。




