最期の頼みごと
*この小説はフィクションです。
隼人たちが策を練って、数時間が経った頃。辺りが騒がしくなっていることに気付いた隼人。
なにやら、数名の医療隊員が慌ただしく行き来している。ある場所を行ったり、出たりしているようだ。
隼人の視線の先には流がいる場所。仕切りがあるため、流の姿は見えない。
それでも、危うい状態なのは様子を察するに想像できた。
「流さん、大丈夫かな。俺、見てくる」
不意に隼人は聞き覚えの声を耳にする。咄嗟に振り向き、立ち上がる。
声のする方へと急ぐと、探を見つけた。
「隼人」
探は隼人の姿を目にして、声を発した。
隼人にいきなり腕を掴まれ、引っ張られていく。
突然の状況に戸惑う探を他所に、隼人は先ほどの場所へと向かう。
その場所は逸樹と話し合っていた所。探を無理やり椅子に座らせる。
「隼人さん?」
その場にいた逸樹は連れてこられた探よりも隼人の態度に思わず声を掛ける。
隼人は探をきつく睨みつけている。
「わ、分かってるって。触れるつもりはないから、様子見に行ってもいいでしょ。心配だから、」
「心配なのはみんな同じだ。俺たちにできることはない。ただ無事を願うことしかできないんだ」
探の言葉を遮って隼人は言葉を口に出す。
言葉の通り、彼らは医療従事者ではない。何もできないのは確かだ。探もそれを分かっている。
それでも、気に掛けないことはできなかった。
突然、誰かが医務室にやってきたようだ。
「司ちゃん、取り敢えず近くのベッドで休んでて。すぐに戻ってくるから」
「はい」
短い会話を耳にした隼人と探。二人は一斉に振り向く。
すたすたと通り過ぎていく美鶴に対して、司は近くのベッドに腰を下ろした。
司の服は血で真っ赤に染まっている。美鶴が処置したのだろう。出血は止まっているが、表情が曇っている。その様子に探は動き出す。
「勝手な行動は、」
隼人の言葉も聞かず、探は駆け出して司の元に向かった。
探は司の隣に座った。様子をちらりと覗く。
手を伸ばそうとするも手を引っ込めた。
「司さん、おかえり」
そっと声をかける。返事はない。
きっと、激しい戦いで疲れているのだろうと思い、探は無理に問いかけようとしない。無言のまま、隣に居続けることにした。
司は相変わらず元気がない。
それから、どのくらい経っただろうか。
探がその場を離れようとした瞬間、司がぐいと探の腕を掴んだ。
「ここにいてくれ」
司はたった一言、ぽつりと言葉を漏らした。
探は司を横目で見やる。
僅かにだが、司の目が潤んでいた。
*
美鶴は隠れ住処に帰還すると、司に言葉を残して奥へと急いだ。
彼女は司とともに変える者の斉、剣十と戦っていた。
彼らに深い傷を負わせたものの逃げられてしまう。逃したくない相手だったが、攻撃を受けた司の大きな傷も心配だった。
すぐに司に駆け寄り、治療を施す。司は倒れたのにも関わらず、傷の治りが早く、意識を取り戻していた。
美鶴は傷の程度を見て、少しばかり驚いていた。時間が経っていたが、治りかけの傷の治療はすぐに終わった。
司に声を掛け、ともに阻止する者の隠れ住処へと帰還したのだ。
二人はなるべく早足で戻ってきた。その理由は、斉が去る際に言葉を残していった。
彼は言った。
『今頃、お前たちの仲間が一人いなくなるだろうな』
そのまま逃げ去っていった。
美鶴は勿論、司も聞いている。隠れ住処に戻る途中、司は嫌な予感を覚えた。
そのこともあって、気持ちが休まらないまま戻ってきた。
美鶴が真っ先にある場所へと向かったのも理由の一つ。
その場所には流を囲むように医療隊員と癒維が処置にあたっていた。
美鶴はすぐに状態を聞き出す。状態は絶望的だった。
呼吸と心拍が止まっているらしい。その時間は一〇分程度。
懸命になって癒維が処置を続けている。
美鶴も一緒に対応しようとした。
美鶴のところに一人の医療隊員が近づいてきた。美鶴に何かを渡す。便箋だ。
その表には『美鶴さんへ』と書かれていた。美鶴は不思議そうな表情をするも、便箋から手紙を取り出した。
美鶴は声を出さずに手紙を読み始める。次第に美鶴の表情が険しくなっていく。何かを理解したのか、流に目を移す。
突然、必死で処置をし続ける癒維の腕を掴んだ。
「癒維ちゃん、やめて。流ちゃんを逝かせてあげましょう」
それでも、癒維はやめない。あの時の美鶴のように。
「癒維ちゃん!」
再び、美鶴が癒維に呼びかけると、癒維は途中で手をとめた。
ぽたぽたと涙があふれている。
美鶴は癒維の代わりに死亡確認をする。日にちと時間を告げると、癒維の肩に手を乗せる。
「どうして……。続けていれば、助けられたはず、です」
あの時、美鶴は力弥を必死で助けようとした。それにも関わらず、美鶴は流を助けようとはしなかった。
美鶴が一番、仲間を助けようとするはずだ。止めようとした美鶴のことが癒維は理解できなかった。
口を閉ざす美鶴に癒維は目から涙があふれるばかり。
「どうして……」
「助けたとしても、意識が戻らない可能性が高いわ。それに彼女がいたこと、聞いたのよね。流ちゃんはずっと、私に相談してくるほど心身ともに苦しい思いをしていたの。何かあったら、助けないでと書いてあったわ。辛いと思うけど、これが流ちゃんの選択なのよ」
美鶴は手紙を見せながら、流の思いを言葉で伝える。
不意に医療隊員に子どもたちは入れないように見張っておいてと頼んだ。それも流の手紙に書いてあったのだ。
以前、流の体は能力の使いすぎで体に異変をもたらした。その時のように、代償で体が反応すると考えいたのだろうか。彼らには驚くだろうから見せないほうがいいとさえ考えていたのだ。
癒維は手紙に視線を移すと、ある事に気づく。震えて書いたような字。恐らく、体が限界だったのを耐えながら書いたのだろうと想像した。涙を我慢するも、再び涙があふれ出てしまう。
美鶴が癒維を落ち着かせながら、流の死後処置に取り掛かった。
次話更新日は10月16日(木)の予定です。
*時間帯は未定です。