思いがあるからこそ
*この小説はフィクションです。
美鶴たちが戦っている頃、阻止する者の隠れ住処では待機組が黙って帰りを待っていた。
そんな中、ベッドに仰向けになる流が天井に向かって腕を伸ばしている。何かを掴もうとするもその先には何もない。
彼は先ほどまで意識不明に陥っていた。
その理由は能力の代償による体の不調。意識を失うほどだ。
美鶴のおかげで一命を取り留めた。
「梢、俺はもう、駄目かもしれない」
言葉を呟いている。
不意に流の様子を見に来た癒維が入ってくる。彼女は能力を使い、体調を崩していた。すでに回復しているが、無理をしないように言われている。
それでも、流のことが心配になり対応しているのだ。
流の体は弱っている。そのため、感染症に罹りやすい状態でもある。
医務室の隅へと隔離はされているが、念のため癒維は手指などの消毒を済ませている。
「体調、大丈夫?」
流に声をかけると、数値などを確認する。声を掛けても答えは返ってこない。
流は天井の一点を見つめている。
「また様子見にくるから。何かあったら、」
「少し、話せるかい? 伝えたい、ことがある」
癒維が言葉を残し、その場を去ろうとすると、背後から呼び止められた。
癒維は振り返り、心配そうに見つめる。無理はしないでと答えて流の側に近づいた。
流は口元の酸素マスクを取り、癒維に顔を向ける。
「俺の能力が、何か知ってる、と思うが、使い続けた、せいで、代償が、重くなった。美鶴さんは、知ってる。というより、知られて、しまった」
説明するように癒維に伝える流だが、言い切ったあと咳き込んだ。すかさず、癒維は酸素マスクを取り付けようとする。
然し、流は振り払って酸素マスクを拒む。再び、酸素マスクを装着させようとする癒維の腕を掴んだ。
「伝えたい、ことが、まだある。あの時の、返事だ」
流の言葉にはっとして我に返り、流を真っ直ぐ見つめる。
癒維が阻止する者となった最初の頃、優しく振る舞ってくれた流に告白した。
その時は誤魔化され、返事を聞けなかった。もしかしたらと思い、仕方なく諦めてしまった。
その返事を流は答えようとしている。
彼女は苦しそうな流の姿に目を逸らしたい気持ちを押さえ込んで、言葉を待った。
「俺には、彼女が、いる。亡くなって、しまったが、彼女のことを、忘れちゃいけない。忘れたく、ないんだ。だから、悪い。応え、られない」
癒維はなんとなくそんな気がしていた。返事を誤魔化すには理由がある。
おそらく、大切な人がいるだろうというのも一つだった。
分かっていたから、心の中で仕方なく諦めたのかもしれないと癒維は改めて気づく。
「そんなことよりも体が心配。無理はしないで」
癒維の言葉に流は苦笑いし、やっと酸素マスクを装着した。数秒間、目を瞑って開ける。
「少し、疲れたから、休むこと、にする。またあとで、来て、くれ」
途切れ途切れに話す流を心配そうに見やる癒維。流は言葉通り、疲れた様子を見せている。
「何かあったら、すぐ呼んで」
癒維は言葉を残して、出ていこうとした。去り際に背後でありがとうと耳にする。
きっと、大丈夫。そう願い続けた。
*
癒維が流と話している間、待機組は静かに待っていた。その中でも、隼人と逸樹は違った。
何やら話し込んでいる。
「それじゃ、今は変える者は三人ってことになるのか」
「そういうことになります。でも、三人だけだからといって、油断してるとやられます。彼らは強いです」
逸樹は変える者の内部を知っている。だからこそ、強さも知っている。
能力者ではない逸樹がなぜ、彼らの仲間になれたのか。きっと、彼らにとって利用価値があるのは逸樹でも理解できていたのだが、それだけではないと思えてきたのだ。それが何か、特別な能力がある訳でもないからこそ、まだ分かっていない。
「相手が強ければ、それ以上に俺たちが強くなればいい。大人だっているんだ。俺たちなら強くなれる」
不意に馨が二人の話に加わった。今まで二人の話を黙って聞いていた。
小学生の頃、馨は逸樹と仲が良かった。思いも寄らない再会に驚いたのだが、美鶴が追い返してしまったのだ。
馨は追い返すつもりはなかった。動揺していただけ。悪者じゃないと信じていた。
実際、逸樹は変える者と共に行動していた。然し、それは馨を捜すため。
それを知って馨は安心したと同時に驚いた。
逸樹が危険を承知の上で敵の仲間に加わったことにだが、隼人と交換し合えるほどに情報収集に優れている。
そんな逸樹を尊敬しつつ、邪魔をしてはいけないと二人の話を聞いていたのだ。
それも僅か。黙っていられず、思わず言葉を口にしてしまう。
馨の言葉に気まずい空気が流れ出す。
強くなるには時間が掛かるということは馨も分かっている。
何もしないよりはまだ良いだろうという考えに至ったのだ。
それでも、黙り込む二人。
様子を察した探がやってくる。
「できなかった時のことは考えないほうがいいんじゃない? まずはさ、どうやったらなんじゃない? そうでしょ、馨」
探は得意げに話すと、馨に顔をひょいと向ける。
彼らは保護されてから阻止する者にいる。お互いが何を考えているかを理解できるほどに。
それにも関わらず、隼人は難しい顔つきだ。
「そんなことは分かってる。それでも、敵は簡単にやられてくれない。俺たちには代償があるんだ。それは忘れちゃ、」
「忘れてなんかない! だから、やれるだけやるんだ。力弥さんならそうするだろ」
隼人の言葉を遮り、馨が力強く言い放つ。馨の真剣な表情に隼人は諦めたようにため息をついた。
「分かった。出来るだけ影響が少ない策を練る。それでいいだろ」
馨と探はお互い目配せをする。ふっと微笑が顔に浮かんでいる。二人の反応に逸樹も微笑んだ。
小さい頃の馨を知っている逸樹にとっては誇らしく思えたのだ。一方で心配する気持ちもあるが、それを伝えたら馨はなんて言うだろう、と思いつつ、口にすることはなかった。
「ねぇ、静かにしてくれる? 全部聞こえるよ」
騒がしい雰囲気に寧々が注意したのは言うまでもない。
次話更新日は10月2日(木)の予定です。
*時間帯は未定です。