呼び覚ます記憶と力
*この小説はフィクションです。
力弥に担がれて身動きが出来ないままの勇輝は降ろされた。辺りを見渡すと見覚えのある場所、医務室に居たことに気が付く。
「思ってたより早いけど、力弥さん無理してないですか?」
勇輝が声のするほうへと振り向く。癒維が立っていたが、記憶を無くしている勇輝は初対面だ。
勇輝は警戒した。
「俺は大丈夫だ。それより、こいつの怪我を治してくれねぇか。この後、鍛えてやろうと思ってな」
「鍛えるってなにするんですか? あまり乱暴な事は駄目です。勇輝くんをまた怪我に合わせるのは良くないですし、力弥さんの体調だって、」
「んな事言われなくても分かってる。早くしてくれ。あまり時間がねぇんだ」
勇輝を余所に癒維と力弥は言葉を交わす。力弥の指示で癒維は勇輝の前までやってくる。
癒維の右手から光の球体が現れた。突然のことで、勇輝は目を大きく開けて驚く。
「少しだけ眩しいけど、大丈夫よ」
「おう。こいつは癒維って言ってな、医務室長をやってる。過去に医者をやってた。そういう訳か、傷や怪我、多少の病気は治せる能力を持ってる。代償は、」
「そのくらいにしてください。確か勇輝くん、私が居ない時に一度ここに来てたよね。私のことも知ってるはずなのに、記憶が無くなってるって不思議。まぁ、そういうことだから。何かあったら言ってね」
癒維は力弥の言葉を遮り、勇輝に笑顔を向ける。勇輝は傷や怪我、痛みが無くなっていたことにはっと気付いた。
「んじゃ、行くか」
言葉を合図に勇輝の体が浮いた。再び、力弥が勇輝を担いだのだ。勇輝は足掻くが、当然のように力弥には敵わない。
「大人しくしてろ。また怪我したくないだろ?」
勇輝はぞっとした。この人には敵わない、逆らっちゃいけないんだと勇輝は確信する。
「余り無理しないでください」
癒維の言葉を背に受けながら、力弥は勇輝を担いだまま去っていった。
勇輝は医務室に向かっている時と違って、力弥の速さが加速しているような感覚に陥っていた。あまりの速さに酔いそうになってしまいそうになっている状態だった。
力弥は心配せず、一度勇輝の顔を見る。次第に形相をこわばらせる。
「おい、こんなとこで吐くんじゃねぇ。すぐだ。耐えろ」
そんなことを言われても、と勇輝は思う。もう少し速度を落とせないだろうかと言葉に出したかったが、その勢いで吐いてしまいそうだと考えた末に心の中にしまうことにした。
気持ちいい風が勇輝の吐き気を耐えさせてくれていたのが好都合だった。目を瞑って眠ってしまいそうだったが、不意に体が地に着いた。
転びそうな体勢から立て直す。
「おい、寝るんじゃねぇ。勇輝、お前にはやってもらうことがあるんだ」
力弥は言葉を口に出すが、今の勇輝は目を覚ましている。力弥に真剣な眼差しを向けている。強気の勇輝を見て力弥は苦笑いした。
「誰に似たんだかな」
独り言を呟く力弥に勇輝は不思議に思う。
「あの、修行って何をするんですか?」
「ああ、」
勇輝の問い掛けに相槌を打ち、勇輝の顔を見るやいなや勇輝に向かって拳を振り上げる。
何事かと思いつつも瞬時に体が反応し体を捻りながら躱わす勇輝。
「突然、何するんですか!」
「お前には体で覚えてもらうしかねぇ。俺に傷一つでも与えてみろ。お前なら大丈夫だ」
根拠もない事を言われ、勇輝は困惑する。記憶がない以上、力弥に攻撃を当てられる自信がないのだ。
不安気に力弥を見つめる。力弥の表情は変わらない。
「俺は能力を使わねぇ。全力で来い」
逃げれば、力弥に何をされるか分からない。強気な力弥に今の勇輝は立ち向かうしかないと思った。
拳を振り上げようと手を前に出した。力弥はそれを平然と平手で受け止め、勇輝の拳を包むように掴む。
次の瞬間、勇輝は後ろへ勢いよく吹き飛んだ。
咄嗟の判断で足を地面に付けるが、後ろへ吹き飛ばされるように滑走していく。それでも、壁際一歩手前で止まり、壁に突撃せずに済んだ。
「能力使ってますよね。危ないじゃないですか!」
勇輝は大声を張り上げる。力弥は勇輝を鼻で笑い、頬を緩ませる。
「もう一度言うぞ。俺は能力を使わねぇ。お前が弱いだけだ」
『弱いだけだ』と言われた勇輝の脳内に記憶の断片が流れ込む。その断片は今と同じ状況、力弥と対峙して戦っている記憶だった。
過去に力弥と修行し戦ったことを思い出す。突然、勇気の目つきが変わり、身構え力弥に鋭い視線を送る。
「クソ親父。あんたには負けない」
勇輝は豹変し、言葉を吐き捨てた。
「そうだ。それでいい」
力弥が納得し言葉を呟いた直後、勇輝が物凄い速さで力弥に近づいた。
目の前まで来ると、拳や蹴りの攻撃を繰り出す。力弥は素早い動きで勇輝の攻撃を躱わし続ける。
直後、力弥の頬に勇輝の拳が当たる。力弥は驚きを見せるが、それも一瞬の出来事。
姿を消したかと思えば、勇輝の後ろへと姿が現れた。まるで瞬間移動したようだ。
「やるじゃねぇか。けど、まだまだだな」
背後の力弥の声に勇輝は振り向くが、一歩遅い。勇輝の肩に力弥の手が乗る。次の瞬間、勇輝は力弥に前へと押し出された。
今度は前に勇輝の体が吹き飛ぶ。なんとか地に足をつけ、壁際ギリギリの前で止まることが出来た。
勇輝は振り返って、力弥を見やる。
「能力を使うなよ! 能力使わないとオレに勝てないのかよ」
「使ってねぇって言ってるだろ。お前が弱いだけだ」
少し遠くの力弥に向かって声を張り上げるように言葉を発するが、力弥は嗤って言葉を返す。
力弥の表情に目つきがきゅっときつくなる。
「嫌な言い方。本当、親父の性格の悪さ変わらないのな」
勇輝が険しい顔つきで言葉を口にし、姿を消す。
物凄い速力で走り、唐突に力弥の前に現れ、攻撃を繰り出す。
その行動に力弥は怯むことなく、勇輝の攻撃を上手く受け流していく。それでも、勇輝の攻撃は止まらない。
寧ろ、徐々に勇輝の速度と攻撃力は増していく。その訳は目付きがきつくなっていることもあるが、目に赤と橙色の光が灯っていた。
攻撃的な感情を抱いている証だった。
勇輝の変化に気付いた力弥は仕方なく能力を解放する。
「ここまでだ!」
力弥はこれ以上の修行はやめた方がいいと考え、勇輝を止めようとする。勇輝は止まることなく、攻撃を続けている。
何かが目覚めてしまったかのように感情がむき出している。
「ちっ。ここまで暴走するとはな、」
能力の暴走。力弥は予想していた。記憶を無くしている勇輝は自分が能力者だということも忘れている。
それを無理矢理戦わせ、一部の記憶を取り戻させる。元々の勇輝は感情的になりやすい。その事を力弥は知っている。何せ、自分の息子なのだ。
感情的になりやすいと、能力も暴走しやすい。今の状況では勇輝の能力を無理矢理でも呼び起こさなければならなかった。覚悟の上での修行だった。
力弥は舌打ちをし、更に能力を解放する。不意に勇輝の腕を掴み、勇輝の目を真っ直ぐ見る。
「目、覚ましやがれ。このバカ息子が!」
大声を張り上げ、勇輝の腹に鉄拳を食らわせる。勇輝は怯んで、その場に倒れる。
力弥は溜め息を吐くが、表情は歪んでいる。徐々に息を切らし始める。
「俺に、能力を、使わせる、とは、やるじゃ、ねぇか……」
言葉を零すと、倒れている勇輝を担いだ。途中、息苦しそうにするが、何とか必死に耐えた。そのまま勇輝を担ぎ、医務室へと向かって歩き出した。
*
力弥は医務室に着くと、癒維を呼び、勇輝をベッドへと運んで寝かせた。直後、胸を抑えて顔を歪める。
「だ、大丈夫ですか? 能力を使ったんですか?」
癒維が心配そうに力弥を見ながら問い掛ける。力弥は答える代わりに薬をポケットから取り出した。小さな袋に容器が一本、液体が入った薬を開けて飲んだ。
表情が落ち着きを取り戻したかのように和らぐ。力弥は眠っている勇輝の顔を見やった。
「記憶を無くしてる勇輝の記憶を無理矢理呼び起こした。そうしたら、能力を使わざる状況になっちまった。能力の暴走だ。やべぇもんを呼び起こしちまったな」
「何やってるんですか! 暴走させたら危険なの分かってるじゃないですか。二度と暴走させないでください」
力弥の言葉に癒維は大きな声で言葉を口にする。力弥は黙ってしまう。
その様子に癒維は何かを察する。
「透子さんのために焦るのは分かります。けど、自分の子どもに無茶はさせちゃ駄目です。そんなことをしたら、あなたは必ず止めようとする。そのほうが危険です。もう無茶させてしまってからじゃ今更ですけど、今後は気を付けてください」
癒維の言葉を耳にしても納得がいかず、眉間に皺を寄せる。一度、舌打ちをするとポケットから煙草を取り出した。
だが、直ぐに癒維に取り上げられてしまった。
「ここは禁煙です。それに薬を飲んだばかりですよね。これは没収です。流にあれだけ見張っとくように言ったのに、まるで意味ないじゃないですか」
力弥の機嫌が更に悪くなる。それでも、声を上げないのは側に勇輝がいることと体に負担が掛かっているからだった。
力弥は無言で医務室を去っていこうとする。
「あ、お酒も禁止ですから。美鶴に力弥さんが来たら、飲ませないでって言ってありますから。じゃないと死にますよ」
忠告を耳にした力弥は扉を強く閉める。医務室に来たことを後悔し始める。
ため息を一つ吐くと、ある場所へと歩き出した。
次話更新日は12月21日(木)の予定です。
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