悪夢から目覚め
*この小説はフィクションです。
司は眠りから目を覚ます。まだ頭がぼうっとしているのか、顔を伏せている。不意に目を擦った。
「やっと起きたか。随分と疲れていたんだな」
声がした方へと振り向くと、司は唖然とした。
流が体を起こした状態で本を読んでいる。司が目覚めたことに気づいて本を閉じた。
一見、大丈夫そうに見えるが、流の体には幾つもの管が取りつけられている。いつ何が起きてもおかしくない状態ということだ。
そんな様子を見て、司は不安そうな表情を浮かべる。
「流。大丈夫、なのか? もう目が覚めないのかと、」
流は司の言葉に笑みを浮かべる。
「おい、勝手に殺すな。とはいっても、今は癒維に薬を投与してもらって落ち着いている。目が覚めた時は死ぬんじゃないかって思うくらい苦しかったな」
司は何度も流の苦しそうな姿を見ている。そのせいか、真剣な表情で流を眺めていた。
流と目が合うと、流は思わず苦笑いをする。
苦笑いが司の心を苦しめる。今回は元はと言えば、司の行動で恐れていた事態が起こってしまったと言えるだろう。
流が自分の意思で行動したとしても、司は連れ出してしまったということに対して責任を感じていた。
「司のせいじゃない。俺が望んだんだ。気に病むことはない。それよりも癒維から伝言が頼まれた。武蔵さんが行ってしまったそうだ。おそらく、敵のところに戻ったんだと思う」
司はまた呆然とする。流の言葉に一瞬耳を疑い始める。
「武蔵が生きていたのか? まさか、」
今度は予想外の言葉に流が驚きを見せる。すぐに眉間に皺を寄せる。
「忘れたのか? 俺が倒れている間に一緒に敵と戦ったんだろ」
その言葉に司は記憶を辿るように思い出そうとする。確かに武蔵と一緒に戦った。然し、悪い夢のせいで一瞬忘れていたのだ。
やっと思い出し、硬い表情が徐々に和らぐ。
「悪い。嫌な夢を見てたせいだ。美鶴さんは?」
司が問いかけると、流は首を横に振る。
美鶴は彼らを探しに行ったきり戻っていない。幾ら探しに行ったとはいえ、時間が掛かりすぎているような気がしてならない司。
今頃、戻ってきてもおかしくはない。
「まさか、俺たちみたいに敵と遭遇したんじゃないか? だとしたら、一刻も早く助けなきゃならないじゃないか!」
流はふうっと長い息を吐き出す。司と違って落ち着いている。
たとえ、敵に遭遇したとしても美鶴の力の強さを知っている。だからこそ信じている。
それは司も思っているはず。だが、彼は焦りの様子を見せる。
「司、焦っても意味がない。それは分かっているはずだ。美鶴さんを信じよう」
それでも司は浮かない表情を浮かべている。流にはその理由が分かっていた。
おそらく、過去を思い出したのだと。
「司。嫌な夢を見たと言っていたが、過去の嫌な出来事を見ていたんだろ? 時々魘されていたし、能力を使った時とまではいかないが、時々姿が薄らと消えかかっていたんだ。癒維に言ってゆっくり休んだほうがいいと思う」
やっと、司は普段の落ち着きを取り戻した。
少しだけ表情が和らいでいる。だが、すぐに表情が曇る。
「俺が離れてしまったら、流が体調崩した時どうすればいいんだ? 近くにいたほうがいいだろ」
その言葉に流は扉のほうに視線を向ける。
「入ってきていいよ」
流が扉に向かって声をかけると、ひょっこりと顔を出す探と寧々が入ってきた。
「流さん、大丈夫? 癒維さんから状態を聞いて、心配になっちゃった」
寧々は話を聞いていたが、流の姿を見て不安そうな様子で言葉を発する。
流は大丈夫と平然と答える。
然し、寧々は不安そうな表情を浮かべたままだ。それもそうだ。
体に幾つもの管が取りつけられている姿を見れば、心配せずにはいられない。いつ何が起こるか、不安で仕方ないのだ。
寧々の不安そうな表情を見ていた探が流に近寄る。流の体に触れようとした瞬間、司がぎゅっと探の腕を掴んで止めた。
「司、ありがとう」
流が御礼の言葉を口にすると、司は探を流から遠ざけようとする。当然、探は抵抗する。じたばたと暴れ始めた。
然し、司と力を比べれば、司のほうが強い。
次第に抵抗もできなくなり、遠ざけられてしまった。
「俺と協力して戦った時に負傷したのが治ったばかりだろ。今の流の体に触れれば分かってるはずだ。な?」
司は探をまっすぐ睨みつける。何も言い返せない探は思わず目を伏せる。
「探がいたら、信用できないな。もしなにかあったらと思うと、ここを離れるわけには、」
「私がいるよ。流さんに触れさせないから!」
寧々が司の声を遮って言い切った。真剣な表情を司に向けている。
寧々の眼差しに司は溜め息を吐く。
「そんな真剣な表情されてもな……」
誰に言うともなく呟くと、探を部屋の隅に連れていく。
「なんでだよ。流さんに触れないって約束するから近くにいてもいいでしょ」
それでも、司は聞く耳を持たない。その態度に探は異変を感じ取った。それは恐怖などではなく、疲弊しているように見えたのだ。
現に司は今も尚、精神的苦痛に陥っている。おそらく、悪夢のせいなのかもしれない。
「司、そのくらいにしとけ。何かあったら二人に癒維を呼んでもらうから大丈夫だ。頼むから休んでくれ。消えてほしくないんだ」
流の言葉を聞いて、やっと理解したのか司は無言で部屋を出ていこうとする。
「司さん、大丈夫だから!」
出て行こうとする司の背に探は声をかけるが、そのまま去ってしまった。
流はほっとするも少し寂しげに司の背を見つめていた。
司は俺たちと違って強いんだ、大丈夫だと信じ、流は探と寧々と話を始めたのだった。
*
部屋を後にした司は癒維のいる部屋に向かった。
癒維は隼人と話していた。二人は重要なことを話していたのだが、司にとって今は休みたかった。
「癒維、一部屋借りてもいいか? 少し休みたいんだ」
その声に癒維は振り返り、了承した。
癒維はその前に少し話しときたいことがあると言いかけるが、司は出ていってしまった。
癒維にとって部屋を出ていく司の姿がいつもと違って見えたのは気のせいであってほしいと願いながら、隼人との話を再開した。
次話更新は5月1日(木)の予定です。
*時間は未定です。




