嫉妬
会議を抜けた瞬はある場所にいた。修行場所である訓練所。
瞬にとってはここが思いのある場所でもある。能力が似ているからと師匠である力弥に戦い方を教えてもらっていた。
力弥の能力は解放によって瞬発力や攻撃力を上げるものだ。その数値は解放でどのくらい上げるか決めることができる。
一方、瞬の能力は速さが増す。それも力弥と同様に解放の仕方によって速さが違ってくるといったものだ。
能力を扱えるまで相当な時間を要した。そうやって日々を過ごしてきたのだ。
その中で記憶を無くしている勇輝との問題も多々あった。その理由は勇輝が力弥の子どもだということにある。そのためか、力弥は勇輝に甘いところがある。それは仕方のないことだった。
だが、その接し方に瞬は羨望を抱いていた。その気持ちに気付きたくなかった。
瞬は悔しさから来るものを抑えきれず、近くの壁を強く殴る。鈍く大きな音が辺りに響き渡った。
「どうして、いつも勇輝なんだよ」
誰もいない訓練所で瞬は小さく呟く。勇輝が力弥の息子だということはどうにも出来ない。それを分かっていながらも悔しさは募るばかり。
訓練所を後にし、瞬はある場所へと足を向けた。
数分も掛からずに瞬はある一室の前にたどり着いた。医務室だ。
瞬は扉を開けて中に入る。そこには勇輝がいた。勇輝以外、誰もいない。記憶を無くしている勇輝は瞬に動揺しつつも身構える。
「あのさ、僕についてきてくれない? 一緒に戦ってよ」
瞬は何の躊躇いもなく、勇輝に声を掛ける。
「今、ですか?」
瞬は勇輝の問いかけに記憶を無くしていることを思い出す。勇輝の口調に呆れて勇輝の腕を強く掴んだ。
「いいから来てくれない?」
強引に腕を引っ張ると、部屋から出した。あまりの行動に勇輝は転げ落ちそうになるも何とか体勢を立て直し、掴まれながら渋々行くことにした。
「あの、僕……」
勇輝は瞬に声を掛ける。瞬は一度振り返ると、勇輝を睨みつける。勇輝は思わず目を逸らす。
自分が何をしたのか、幾ら思い出そうとしても思い出せず戸惑うばかり。直後、勇輝は転げた。
「ちょっと、引っ張りすぎです。ついていくので、離して下さい」
「うるさいな! それよりもさ、記憶を無くしているとはいえ、敬語じゃなくていいんだけど。正直、うざいんだよね」
瞬は記憶を無くしている勇輝に向かって声を上げると、掴んでいた手を離してぶつくさと呟く。
勇輝は戸惑いながら立ち上がって瞬に向き直る。
「そういえば、名前聞いてませんでした。名前は、」
「あーもう、瞬だよ。敬語はいいって言ったよね?」
「あ、はい。うん」
勇輝は突然のことで困惑し、曖昧な返事をする。再び瞬に睨まれた。
目的地についた二人は訓練所に入る。中はしんと静まり返っていた。
訓練所には人一人いない。二人は中央まで歩いていく。
「勇輝」
瞬が名前を呼ぶと、勇輝は瞬に視線を向ける。直後、瞬の拳が勇輝に襲いかかってきた。
勇輝は咄嗟に躱す。体が反応したのだ。
「なーんだ。記憶は無くなっても体は覚えてるじゃん。いつもと変わらないし、これじゃ意味ないじゃん」
瞬はつまらなさそうな顔をする。
「いきなり殴ろうとしないでください」
一方、勇輝は困ったように眉をしかめる。
「僕、言ったよね? 一緒に戦ってって」
勇輝を睨みつけ、拳を振り上げる。勇輝は咄嗟に交わそうとした瞬間、瞬は瞬間移動したように勇輝の背後に移動した。
「遅いよ。調子に乗らないでよね!」
今度は思い切り脚で勇輝を蹴りつけた。それでも、勇輝は躱す。瞬は腹を立てて、拳を立て続けに繰り出す。何発かのところで瞬の拳が腹に当たり、勇輝は倒れた。
「どうしたの? こんなもんじゃないでしょ」
顔が歪んだ勇輝に向かって瞬は言葉を言い放つ。
勇輝は戦うつもりはない。ついていったが、それは理由を聞き出すためについていったつもりだった。
当然、宣戦布告した瞬から攻撃を受ける。それでも、勇輝は手を出さない。
「僕は、記憶を、無くして、ます。戦う、つもりは、ないです。教えて、ください。僕のこと、今までの、ことを」
勇輝は真剣な眼差しを向ける。一瞬、瞬は動揺するも勇輝を強く睨みつける。
「そんなの教えるわけないじゃん。勇輝は僕の敵だからさ」
言葉を放つと、勇輝を思い切り蹴り飛ばす。勇輝は蹴りを受けて床に蹲ってしまう。
力弥からの攻撃を受けた損傷も残ったまま、瞬から打撃を受ける。大きな損傷で動くことが出来なくなっていた。
「こんなもんじゃないよね。起きろよ!」
力量を知っている瞬は勇輝の蹲る姿を見ると、声を荒げて蹴り飛ばす。更には拳を振り上げようとした。
直後、勇輝を守るように男が現れる。男は片方の手で瞬の腕を掴み、もう片方は瞬の拳を掴むように握っていた。
「そのくらいにしとけ。これ以上やったら分かるよな?」
「し、師匠、どうして……」
男は力弥だった。瞬は動きを止められ、力の強さに足も手も出せなくなっていた。
不意に力弥があきれてため息をつく。
「お前の考えは分かる。勇輝を攻撃するな。それに能力を使うな」
「どうしてそんな事を、」
「代償があるの分かってるだろ。今のお前が使い続けていたら、足が動かなくなるぞ」
力弥の言葉通り、瞬は分かっていた。だが、そんな事は今の瞬にとってはどうでもよかった。
第一に勇輝が力弥と親子関係で優先されることが許せなかったのだ。所謂、嫉妬の感情を抱いていた。
「そんなのはどうでもいい。俺は師匠に認めてもらいたいんだ!」
悔しさを声に出すと、その場から素早く去っていってしまった。力弥は追いかけようとはしない。今の瞬に呆れていた。
次の瞬間、室内に警報が鳴り出した。力弥は咄嗟に勇輝を守ろうと駆け寄る。
勇輝は突然の警報と力弥が側に寄ってきたことで驚きを隠せない。何が起ころうとしているのか理解出来なかったのだ。
直後、室内は大きく揺れ始めた。力弥は勇輝を庇うように守る体勢になった。
大きな揺れは長く続いた。揺れが収まると、力弥は勇輝から離れて不安な表情を露わにする。
「地震、ですか?」
「やべぇな。野郎が動き出したか」
勇輝の問い掛けを無視して力弥は呟くように言葉を口にする。野郎とは誰のことなのか、事前に聞いていた勇輝ではあったが、未だに分からないことが多くて困惑している。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい。地震ですか?」
力弥が心配そうに勇輝を見やり、咄嗟に勇輝は答える。力弥は良かったと呟いた後、そうだと答えた。
勇輝がまだ状況が掴めない中、室内に放送が響き渡る。
「力弥さん。至急、緊急管理室に来てください!」
勇輝は見覚えのない声に不安を覚える。誰かが力弥を呼んでいるようだ。
「お前も来い。緊急事態だ」
力弥は言葉を発すると、返事も聞かずに勇輝を肩に担ぎ上げた。突然のことで勇輝は焦る。
「お前は相当な損傷を負ってる。暫くは動くんじゃねぇぞ。暴れたらもっと動けなくしてやるからな」
言葉はきついが、それが力弥のやり方だ。勇輝は言葉に出さずとも力弥の行動に感謝した。
次話更新は12月7日(木)の予定です。
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