会議
ある一室の扉の前に力弥は立っていた。彼はこれから会議に参加する予定である。だが、不安に思っていることがあった。彼らに勇輝のことをどう説明しようか、と。
難しいことではない。ただ、納得いかない人物がいるだろうと力弥は思っていた。
その人物は瞬だ。瞬は力弥の弟子でもある。力弥にかなり懐いている人物だ。勇輝のことを話せば、記憶を無くしていることをいいことに勇輝を攻撃するだろうと思っていた。
勇輝が記憶を無くす前、瞬と勇輝は喧嘩していたことが多かった。力弥を巡って。
だが、それを気にしていたらと力弥は放っておいた。今はそうもいかない。
記憶を無くしている勇輝は以前と違って気弱になっている。覚悟を決めなければならなかった。力弥は前髪を掻き上げると、目の前の扉を勢いよく開け放つ。
一斉に室内の椅子に座っている者たちが力弥に振り向いた。
「力弥さんこんちはっす!」
「力さん、どこ行ってたの?」
「あれ、流さんは?」と口々に言葉を発する者、無言で力弥を見やる者、それぞれだ。力弥は室内に入ると、一度大きな溜め息を吐いた。
「流は遅れてくる」
言葉を発すると、その場にいる全員を見渡す。最後に瞬に視線を向ける。というより睨みつける。瞬は力弥に睨まれ、咄嗟に目を逸らした。
「おい、瞬。なぜ黙、」
「うるさいな。恐いから声掛けないでくれない?」
力弥の言葉を遮り、瞬は言葉を口にするとそっぽを向いた。
力弥と瞬は師弟関係が長い。その分、瞬には力弥が言いたいことが大抵分かっている。力弥を睨み返すと、瞬は机に突っ伏した。
「それよりもだ。集まってもらったのには他に理由がある」
「アイツらについてですよね」
力弥の言葉に一人の青年が分かりきっているかのように答える。鷹野隼人だ。鷹野は眼鏡をくいっと上げる。
「流石だ。それで本拠地は分かったか?」
力弥は隼人を褒めると、真剣な表情で問い掛ける。眼鏡越しに表情を曇らす隼人。
「それがまだ手がかりが掴めなくて……」
隼人の言葉に力弥も表情を曇らす。
一瞬、場が白けた。力弥だけではない。力弥に釣られるように、場にいた他の者の表情が暗くなったのだ。
敵の本拠地さえ分かれば、今後の動きが良い方向に向かう。だが、本拠地の場所を特定できない。
その理由は範囲が過去にいるかもしれない状況なのだ。探すのには相当難しい。
「諦めるな。続けろ」
「はい」
力弥の言葉に隼人は返事をすると、目の前のノートパソコンに目を向けて、作業を再開した。
一方、他の者はというと、まだ不安げな様子だ。だが、一人だけ笑顔の人物がいた。
「おい、風粏。会議に集中しろ。んなもんは後だ」
力弥は開いたままの菓子袋を奪い取る。没収された菓子袋を寂しく見つめる風粏は力弥を睨みつけた。
「別に集中してないわけじゃない。俺の楽しみを奪うな!」
大きな声を出しても力弥は返そうとしない。鼻先で嗤うと、風粏に背中を向けた。力弥の背中を睨み付ける風粏。
「それにしても、本当に風粏はお菓子が好きだよな。お菓子を食べても太らない体質っていうのも羨ましいぜ」
呑気に話すのは探だ。探は風粏を羨ましそうな目で見ている。最近、女子並みに体重を気にしているらしい。
「食べれなくなる前に食べたらいいよ。近々、甘味フーズの新作が出るんだ。一緒に食べよう!」
「マジか! 手を汚さずに食べれるし美味しいんだよな!」
風粏と探は楽しそうに会話をしている。二人ともお菓子の事となると嬉しそうだ。
そんな二人を横目に馨は険悪な様子だ。お菓子は美味いけど匂いがきついんだよな、と内心独り言を呟く。
そんな空気の中、イヤーマフをしている寧々《ねね》が顔をしかめている。突然、ガタッと音を立てて立ち上がる。話をしている男子たちに視線を向けた。
「うるさい! 会議くらい静かに参加出来ないの! それに力さんまた煙草吸ってたでしょ。私の耳は誤魔化せないんだから!」
「そういえば、俺も思ってた。煙草の臭いするもん」
寧々と馨はそれぞれ口にするが、風粏と探はひいっと声をあげている。
「あ? 俺のことはどうでもいいだろ!」
力弥は周りにお構いなしに怒鳴る。寧々は頬を膨らませた。
「呼吸音が乱れてるの! 癒維さんから聞き逃さないでって言われてるし、嫌でも聞こえるんだから仕方ないでしょ」
怯むことなく寧々は対抗する。寧々の言葉に溜め息を吐き出す力弥。
「ったく。お前の耳は良すぎるし、癒維も余計なことばかり言いやがって」
誰かに言うわけでもなく呟き、周りにいる全員を見渡す。ほとんどが無言だ。その中でも寧々は心配そうな顔を浮かべている。
不意に寧々の顔つきが変わる。力弥に目で合図を送る。誰か来るという合図だ。
直後、部屋の扉が開いた。中に入ってきたのは流だ。流は辺りを見渡すと力弥を見やる。
「どこまで話したんですか? 勇輝くんのことは?」
流が力弥に問い掛ける。不意にその場にいた者が流のほうへと向いた。
「そういえば、勇輝いないよな。今気付いた」
「また記憶を無くしてるんじゃないか?」
馨と隼人はそれぞれ口にする。
「その通り。勇輝は記憶を無くしちまった。全部だ。さっきまでその勇輝と流は一緒にいた。いいか、勇輝に俺と親子だってことを口にするな。いつか、俺から勇輝に説明する。破ったら、」
力弥は一呼吸置く。不穏な空気が室内に流れ始める。
「別にいいんじゃない? 記憶を無くしたままでさ」
瞬が聞こえる声で他人事のように呟いた。
言葉に苛立った馨が瞬に近付こうと席を立ち上がる。瞬の目の前まで来ると睨みつけた。
「お前さ、勇輝が力弥さんと親子関係だからって羨ましいんだろ。いつまでもそうやって、」
言葉が途切れた。瞬と馨が言い争う前に力弥が二人を止めようと馨の頭を軽く叩いた。
「またお前は喧嘩を売りやがって。喧嘩になるってわからねぇのか」
「だからって手を出していいってことにはないでしょ! 師匠に守られて良かったな」
馨は言葉を吐き捨てると、元の場所へと戻っていった。一方、瞬はふいっとそっぽを向いてしまった。力弥は呆れてため息をついた。
再び、空気が白ける。気まずい雰囲気だ。だが、力弥だけは違った。
「流も来たし、ここからが本題だ」
言葉を切り出し、全員に視線を向けるように辺りを見渡す。最後に流に視線を向けると、何かを決心したような真剣な表情に変わる。
「お前たちに言っとく。俺と流は勇輝の様子を見ながら、過去を行き来し敵を探る。お前らは隼人を中心に動いてくれ」
力弥の言葉に流を除く一同が驚く。
「いや、俺たちが納得いくわけないっす!」
「そうよ。私たちは力さんについていくって決めたの!」
それぞれが声を上げ、不機嫌な顔をする。力弥と流はそれ以上何も言わず、ただ押し黙るばかり。
そんな中、瞬が不意に席を立つ。
「俺も納得いかないんだけど。今まで師匠に戦い方を教わりながら、アイツらを止めてきたでしょ。二人とも勝手、」
「それも限界が来ている。勇輝の記憶が全て無くなってる。全てなんてなかっただろ。それがどういう意味か考えろ」
瞬の言葉を遮った力弥は諭すように口にする。瞬は苦々しい表情をした。
「俺は。俺は、師匠の力になりたくて言葉に従ってきた。けど、今回はどうしても納得いかない。勇輝が息子だからって贔屓してる」
瞬は拳を作り、悔しそうに口にする。力弥を強く睨みつけた後、その場から駆け出すように部屋を飛び出していった。
扉が大きな音を立てて閉まると、他の者たちは怯んだように驚く。
流が後を追いかけようとするも力弥に肩を掴まれる。力弥は首を横に振るだけだ。流は苦虫を潰したような表情をした。
「瞬の気持ち、分かる。ずっと教えてもらった師匠に突然突き放される気持ち。本当に何を考えているんだか分かんねえ」
「そうだよ。私たちは力さんと流さんを信じてた」
馨と寧々は言葉を残して、その場から立ち去ってしまう。他の者もあとを追いかけるように出ていった。
残ったのはパソコンと睨めっこしている隼人。力弥は溜め息を吐き出す。
ふと、鷹野は手を止めて力弥と流を見やる。
「きっと、最善の策だと思ってるんですよね。俺は二人を信じてます」
強い眼差しを向ける隼人の目は本気だ。
「そうか。アイツらを任せたぞ」
ふっと微笑みかける力弥は隼人の肩を軽く叩く。
「ただ、」
隼人は言葉を言い掛ける。不意に力弥と流は見合わせた後、隼人を見やる。
「御二方、体には気をつけて下さい。能力には代償がありますから。多分、皆んな気付いていると思います。特に寧々はとても心配してるかと。隠しても無駄ですよ。それじゃあ、俺も退席します」
隼人は言葉を口にすると、ノートパソコンを閉じて眼鏡をくいっと動かす。パソコンを抱え、席を立った。そのまま部屋を去っていった。
力弥と流が残った部屋。二人の間にしばし沈黙が流れる。
「やっぱり気付かれてたか。隼人は鋭いな。で、お前の限界は後どのくらいだ?」
「五回です。力弥さんは?」
「俺は三回が限界ってとこだな。んなことはどうでもいい。薬は飲んでるのか?」
「そんなことって。力弥さんのほうが限界値が少ないじゃないですか!」
流は心配な顔をする。それも当たり前だ。力弥のほうが自分より能力の限度の回数が少ない。
力弥は何かあれば直ぐに能力を使おうとする。そのことを知っている流は気が気じゃなかった。
「そういえば、癒維のところに通ってるのか?」
「話を逸らさないでください。その時が来るまでは能力を絶対に使わないでください」
「うるせぇな。お前も変わんねぇだろ。それに能力をどう使おうが俺の勝手だ」
「能力は簡単に使うものじゃないです!」
言い争いになりそうながらも二人は話を続けているが、力弥の舌打ちで会話は止まる。
そんな話を扉越しに聞いていた者がいる。隼人だ。隼人はみんなのところには行かず、扉越しに話を聞いていたのだ。
その理由は二人の事が本当に心配だった。もしかしたらと頭を過ぎっていたこともある。
隼人は早く敵の居場所を突き止めなければと焦りを見せた。