大切な存在だからこそ
*この小説はフィクションです。
ブロッカー本部内、医務室にて。
混乱状態だった勇輝がやっと落ち着いた表情になっていた。彼はぐるりと辺りを見回し、なぜこの場所にいるのか頭の中を整理する。
「ここは医務室か。ということは、また記憶を無くしたんだ」
誰に言うまでもなく、ぽつりと言葉を漏らす。勇輝は一部《••》の記憶を取り戻していたのだ。
「勇輝くん」
ふと、声を掛けられたほうを見やる。振り向くと、癒維が不安な表情で見つめていた。
「癒維さん。僕、記憶を無くしてたみたい。父さんは?」
唐突の言葉に癒維はあっけらかんとしている。
あれだけの長い時間、記憶を無くしていたこともあって、思い出すのにも時間が掛かると思っていたからだ。
癒維の雰囲気に不思議がる勇輝。
もしかしたら、何かあったのかもしれないと不安な思いが募る。
荒れる前は父親である力弥と仲が良かった。今は荒れていた頃の記憶がない。心配するのは当然だった。
そんな時、不意に電話が鳴り響く。瘉維の携帯からだったようだ。
癒維は一度、勇輝のほうを見やる。すぐに医務室を去っていってしまった。
彼女は医務室を出た後、電話に出る。みるみる顔色が青ざめた。
そんな彼女の顔色など知らず、検査を終えた隼人と寧々が入れ替わりで医務室に入ってきていた。
二人は落ち着いている勇輝を見ると、ほっと安堵のため息をつく。
「隼人さん、寧々。僕、記憶を無くしてたみたいだけど、今どんな状況なのか教えてほしいんだ」
ふとした勇輝の言葉に二人はお互い目を合わせて驚く。記憶を無くしていて、名前を呼ばれるとは思っていなかった。
「記憶が戻ったんだね。良かった」
寧々は言葉を発して笑顔になった。隼人も笑っている。一方、勇輝は不安な表情をしている。
「さっきの癒維さん、何か深刻そうだった。何かあった?」
その言葉に二人の表情が曇る。
彼らは偶然にも聞いてしまった。
『誰かが亡くなってしまったこと』を。それを、記憶を思い出したばかりの勇輝には伝えないほうがいいと判断し、言えなかった。
「父さんに何かあったわけじゃないよね?」
二人は黙っている。
現在、勇輝の父親の力弥は行方不明。生きているのか、死んでいるのか分からない。
寧々がどう答えれば迷っていると、隼人が口を開く。
「力弥さんは組織の中で一番強いだろ。あの強さがあれば、きっと大丈夫」
隼人の真剣な表情で勇輝は大丈夫だと信じるしかなかった。なにより、息子である勇輝が力弥の強さを一番知っている。
「それより、勇輝こそ大丈夫か? 記憶を思い出したとはいえ、今までで初めて長い時間だったんだ」
「そうだよ。いつもなら、すぐに思い出して元通りになるのにさっきまで痛そうに頭抱えてたんだよ」
隼人の言葉に寧々が付け足すように話す。元気そうに話す寧々に勇輝の気持ちが少しだけ晴れた。
「大丈夫と言いたいけど、記憶を無くしてた時の記憶は思い出せないや。何が起こってるのかも分からない」
勇輝は苦笑いする。まずは情報を集めて、状況を把握しなきゃと彼は思った。
そんな状況の中、流と司を捜しに行っていた探と馨が入ってきた。その後ろに美鶴が居る。
「みっちゃん!」
勇輝は大きな声で呼び掛ける。然し、美鶴は気付いたのにも関わらず、どんよりとした表情のまま視線を逸らした。
どうやら、美鶴だけではない。探と馨も同じだ。
その雰囲気、風粏がいないことで隼人と寧々は察してしまう。
「まさか、そんな……。そんなことないよね。嘘だって言ってよ!」
駆け寄った寧々が美鶴に向かって大きな声をあげる。
「俺の、俺のせいなんだ……。風粏がいることも知らずに自分勝手に行動して、だから、」
「え、どういうこと?」
馨の言葉に寧々が険悪そうに問いかける。どっと空気が重くよどむ。
そんな時、静かに癒維が入ってくる。彼女もまた、表情が曇っている。
瘉維が戻ってきたことに気付いた美鶴が言葉を残して医務室を去っていった。
「みっちゃん!」
勇輝が呼んでも、返事が返ってくることはなかった。
*
医務室に残っている勇輝を含む彼らは曇った表情をしていた。誰も話すことが無く、重苦しい空気に変わっている。
そんな雰囲気の中、不意に瘉維が探と馨の元に歩み寄る。
「二人とも、今から検査をしにいこう。どれだけ能力の影響を受けているか、」
二人に声を掛けると、馨に目を背けられてしまった。
馨は思った。
ついさっき、仲間を失ったばかりの状況。平気で口にする瘉維が理解できない、と。
瘉維が一番、仲間の命の大切さを知っているはずだと思っていた。それが、簡単に切り替えられるものかと馨の気持ちが乱れる。
探も自分と同じ気持ちだろうと当然のように思っていた。
「馨、行こう」
予想外の言葉に馨は振り向く。目元が赤く腫れている探の姿が映った。
「実はさ、俺、前から、体に違和感を感じてたんだよね。みんなにさ、触れすぎちゃったかも。みんな、無理しすぎ、なんだよね。だから、」
突然、探がぽつりと言葉を口にする。言葉が途切れてしまうと、探の下で何かがぽたっと落ちる。
探は目を擦る。
風粏と仲が良かったこともあり、衝撃で未だに涙が止まらない様子だった。気を抜けば、自然と目に涙が溢れてしまう状態。探の性格から人前で涙を流すのは珍しい。
静かに医務室を出ていこうとする。その後を瘉維が追う。
瘉維は振り返り、馨を見つめる。
「検査は美鶴さんに頼まれたことだし、体のためにも受けてほしいの。待ってるから」
瘉維は言葉を残し、探を追うように医務室を後にした。
残された馨、勇輝、隼人と寧々。
「俺と寧々も受けたんだ。少なからず、能力の影響は受けているから受けたほうがいい」
不意に隼人が馨に声を掛ける。
十代といえ、この中で一番歳が上なのは隼人だ。能力が体に影響を及ぼすことを理解している。
だからといって、他の者は理解していないわけではない。
幾ら、彼をからかっていたとしても、仲間を大切にしていた。それだけ彼らにとっては、仲間を失ったことの衝撃が大きかったのだ。
隼人に背中を押され、馨も検査を受けに医務室を出ていく。三人はとぼとぼと歩く馨の背中を見送ったのだった。
勇輝、完全ではないにしても思い出したんだね(つД`)
親思いなのが仲の良さを感じるよ
誰でも仲間を失うのは辛いよ…
瘉維、何かを思って検査を勧めるんだよね
次回は美鶴が向かった場所にて
次話更新日は8月1日(木)の予定です。
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