新たな仲間
*この小説はフィクションです。
人、誰一人居ない場所。まるで、そこだけが別世界のようだ。
そんな場所にひっそりと建物が建っている。建物は誰にも寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。
瞬は狂に連れてこられた。正確にいえば、ついていった。今の瞬は変える側だ。
今まで阻止する側で、抱いていた感情を抑えてきた。それでも抑えきれず、度々、勇輝と衝突した。
抑えきれない感情が瞬の中にどうしてもあったのだ。
現在、変える側にいれば、抱かずに済むと思うようになった。なぜなら、抱きたくない感情を感じなくて済むからだ。もし会えば、殺めればいいだけの話。それが変える者のやるべきことの一つなのだから。
ふと、瞬の前を歩いていた狂が立ち止まる。
「ここに来たら、戻れなくなる。それでもいいのか?」
狂からの意外な問い掛けに瞬は目を見開いた。不意を突かれたような質問をされたのだ。
何か意図があっての言葉なのか、戻れる機会を与えようとしているのか、瞬には理解出来なかった。
少し考えることにするが、狂を見ると、難しい顔つきをしている。
「俺は戻らないって決めたんだ。まさか、途中で裏切るとか思ってる? そんなことは思ったことないね。信用ないと思ったら、」
「そうか、分かった」
瞬の言葉を遮って、狂は言葉を口にする。
全てを見透す力を持っている男。それが狂だ。
ここに来て、瞬に問いかけたのには意味があった。それを知らない瞬は、狂がなぜあの質問をしたのか。不思議に思う。
狂の言葉に何かが引っかかって、疑心が残ったまま、歩き出す狂の後ろについていった。
二人が建物の中に入ると、待機していたであろう武蔵と御角が待っていた。見知らぬ人間である瞬を見て、武蔵は笑みをにじませる。
「新しい仲間ですか? 随分とお若い仲間ですね」
武蔵は狂に訊ねた後、瞬に視線を移した。瞬は武蔵の笑顔に違和感を覚える。それもほんの僅かだけ。
すぐに武蔵の風姿をじっと眺める。
武蔵は白髪頭に右目に黒い眼帯をしている。身なりがしっかりしているためか、堅実的で紳士的な印象を与える。
だが、皺が目立ち、随分と高齢に見える。瞬と比べれば、結構な歳が離れているだろう。
「ねぇ、あんたが二番目に強いの? そんな気がする」
瞬は躊躇うことなく、問い掛ける。御角が瞬をぎろりと睨みつけた。
「これは、これは。さすが、元阻止する者ですね」
武蔵は瞬に感心して、思わず言葉に出す。言葉に御角の苛々が増していく。
瞬は勘がいい。武蔵の言葉に疑問を持った。
「元阻止する者だけど、それってどういう意味? 阻止する者だった奴がいるってことだよね」
瞬の発言に狂が吹き出すように大声で笑った。勘の良さに笑いを堪えきれなかったのだ。
「この人は荻楼武蔵さん。武蔵さんが元阻止する者だ。今はこっち側に長く居る。武蔵さんを信用していい」
瞬は眉を顰めて、武蔵をじろっと見る。
本当に信用してもいいものか、来たばかりの彼にとっては怪しむばかり。誰を信用していいのか、判断が出来ない。狂以外は。
その時、椅子に座って話を聞いていた御角が立ち上がる。彼女の苛々が高まっていた。
彼女は短気なところがあり、好き嫌いが激しい。初めて来た瞬が馴れ馴れしく話す姿を見て、苛々が募っていたのだ。
「あのさ、新入りなのに図々しい態度じゃん。僕、そういうの気に入らないんだけど、調子に乗るならここから出ていってくれないかな」
「は? なにそれ。てか、あんた誰?」
御角が瞬に向かって、言葉を吐き出すように口にすると、瞬は質問をぶつける。
次の瞬間、御角が瞬に攻撃する。
だが、攻撃は当たらず一時停止。武蔵が御角の腕を掴んでいた。
「おじさん、邪魔しないでよ。それに、勝手に女子に触るなんて失礼なんじゃないの」
一瞬、武蔵は顔を顰める。それでも、御角の腕から手を離さない。離してしまえば、御角は来たばかりの瞬に攻撃してしまうと考えた。
武蔵と御角に狂が近づく。彼は怒鳴りも手荒な真似もせず、落ち着いている。
「新しい仲間を呼んだのにな。これじゃ、負けるぞ。なぁ、仲良くしようぜ」
狂はそう言って、御角の頭をぽんと叩いた。御角は肩をぶるっと震わせる。
言葉、雰囲気、全てにオーラを放っている。
狂の強さを感じたのは御角だけではない。武蔵と瞬もだ。それだけ、狂は強いということを示している。
「やーめた。僕は御角。とにかく、生意気な態度はやめてくれる? 今度そんな態度とったら、許さないから」
御角の怒りが急激に冷め、瞬に声を掛けて椅子に座った。武蔵も既に御角から手を離しており、目を細めて眺めている。
ただ一人、瞬は未だに不機嫌な顔をしていた。こんな状態で阻止する者に勝てるのか不安があった。
だが、狂の強さは本物だと確信している。身にしみて実感したのだ。
ふと、狂を見やると笑っていた。
仲間ってそっちの⁉︎
瞬、戻って欲しいけど、完全に決めちゃったか…
武蔵さんが元はブロッカーだったとは、今後どうなっちゃうんだろう。
次話更新日は5月16日(木)の予定です。
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