心変わり
*この小説はフィクションです。
隼人を含めた五人が救助に向かった後、組織を抜け出した瞬は誰もいない公園のベンチに座っていた。
彼はふと思う。自分がこんな嫉妬という感情を抱くとは、と。
勇輝と初めて会った時、力弥の息子だと知って少しばかり嫌な気持ちを抱いていた。
今の勇輝は記憶に関わる能力の代償で記憶を無くしていることは瞬でも分かっている。それなのに、勇輝の力は衰えることなく、今でも健在だ。
それが悔しかったのだ。
瞬は力弥と能力が似ていることから能力の使い方、戦い方を学んだ。それでも、勇輝との差を埋めることができなかった。悔しさから勇輝と喧嘩になることが度々あった。
これからどうするべきか真剣に考える。そんな彼に一人の男が近づいてきた。
「よう。悩んでいるようだな」
唐突に声を掛けられ、瞬はびくっと驚く。見知らぬ男だったが、誰なのかすぐに察した。
「変える者が何の用? 俺、そっちに付く気ないよ?」
冷静に答える瞬に呆気に取られてしまった男。男は瞬の言葉通り変える者だった。然も、男の名は狂だ。
狂は他の変える者たちを仕切っている。力も強い。そんな彼に一瞬は驚いたものの冷静でいられる瞬に不意を掴まれてしまったのだ。
すぐに表情を変えてにやっと不適に嗤う。
「流石は一兎瞬だ」
狂の言葉に眉間に皺を寄せる瞬は狂をきっと睨んだ。
「なんで俺の名前知ってんの?」
「知ってるさ。お前の師匠である力弥のことも、その息子の勇輝ってやつも、その仲間のことも。全てだ」
不信に思った瞬はお構いなしにその場を立ち去ろうとする。何かを思い付いて振り返る。
「じゃあさ、今の俺の気持ちも分かるわけ? ここに来た理由も、」
「嗚呼」
瞬の問い掛けに狂は軽く相槌を打つだけ。それ以上は何も発せず、瞬が何かを言葉にするのを待っているようだ。
狂には分かっている。このあと、瞬が何を発するのかも、自ら仲間になることも。それを分かってる相槌だった。
「気が変わった。仲間になる代わりに条件がある。知ってると思うけど、俺は勇輝を超えたい。勇輝を超えるには、師匠を超えないといけない」
「嗚呼、そうだな」
狂は相槌を打つだけで、瞬の言葉を待っている。
「どうせさ、阻止する者を全員殺るつもりなんでしょ。師匠は俺が殺るから、手を出さないでくれる?」
その言葉に狂は笑みを浮かべる。
狂にとっては好都合。彼も瞬の師匠、力弥を殺るつもりだった。
瞬、本人の言葉から聞けて嬉しかったのだ。力弥が代償により体が弱っていることも狂は知っている。いずれ、倒れてくれる。
だが、瞬が殺るなら任そうと思っていた。狂は決めた。
「分かった。オレは手を出さない。まずは中央区にある路地裏に行ってみろ。そこにアイツはいる」
「了解。ありがとう」
狂が場所を口にすると、瞬はお礼を言葉にして姿を消した。
*
狂の言った通り、その場所付近に力弥はいた。瞬は少し遠くから力弥を発見することができたためか、力弥には姿を見られていない。
瞬時に力弥の背後に迫る。力弥は背後に何かを感じ、振り向いて構える。
「瞬か」
力弥がそう呟いた直後、瞬は再び力弥の背後に回る。
「遅いから」
言葉を吐いて、力弥に打撃を与えようと拳を振りかざす。すぐに反応した力弥は攻撃を躱した。
「何のつもりだ」
瞬の行動に意図が読めず、思わず口にする。その瞬間、思い出す。
いずれは変える者になってしまうことを。一足、遅かったのかと考える。
「俺は勇輝を超えたい。そのためには、師匠を超えなきゃいけないんだ」
瞬の目の中心に薄らと黄緑が見えるが、その周りが赤色に変化していた。変化に気付いた力弥は確信する。能力が暴走していることを。
長年、修行に付き合ってきたこともあって、今まで変化は見逃さなかった。
ただ、瞬の気持ちを見て見ぬふりをして、放置してきた。それは仕方のないことだった。つい、息子の勇輝を優先的に考えてしまうからだ。
力弥が今までの瞬の様子を遡る。出会った頃、力弥に対しては懐いていた。似た能力を使う者としてのもあるかもしれない。
だが、勇輝に対しては違った。良く喧嘩をしていた。何度も止めに入った力弥だったが、二人の気持ちまでは気にも止めなかった。
瞬をここまで追い詰めてしまうとは予想外だった。
不意に力弥の頬に何かが当たった。力弥は我に返り、目の前をちらりと見る。
瞬が地面に手をついていた。瞬が回し蹴りをしたのだとすぐに察した。
「ラッキー。油断はしちゃ駄目でしょ。能力使わないなら、本気でやっちゃうから。あ、能力使えないんだっけ?」
次の瞬間、攻撃を繰り出した。その攻撃を受け流していく力弥。
瞬に能力の代償が無くなったことは力弥は知っている。今の瞬は攻撃し放題だ。
次々と繰り出される鉄拳や蹴りはどんどん速さを増していく。
同時に、能力を一切使わない力弥の防御は耐えれなくなってくる。限界がくるのは時間の問題だ。
どのくらい経っただろうか。長い攻防戦が続いた。
突如、瞬の目つきが変わる。
「チェックメイト。悪いね」
力弥の防御より速く、瞬の強い打撃が力弥の胸に当たった。力弥は表情を歪ませ、胸を抑える。次第に苦しそうに息を荒げ始める。
「師匠の体が弱ってることは知ってるから。てか、みんな気付いてるでしょ。俺に能力を使うなとか、どの口が言ってるの?」
瞬は言葉を吐き捨てると、力弥の背後に移動する。今度は背中に大きな蹴りを喰らわせた。
力弥との体格差はあるが、今の瞬は能力使い放題。力はいつもよりけた外れ。力弥が思っている以上の途轍もない力だ。
力弥は怯んだ。立っているのがやっとの状態だ。能力を使う以前の問題だった。
「瞬、お前、正気に、戻れ。何も、いい、こと、ない、ぞ」
「俺の気持ちも知らないくせに、今更なこと言わないでくれる? さっさと倒れろよ」
今の瞬に力弥の言葉は届かない。師匠だったからこそ、今までの気持ちを知って欲しかったのだ。
不意に瞬は力弥の目の前に現れ、力弥の胸の中心を目掛けて強い蹴りを入れた。
それでも、力弥はなんとか立ち続ける。それを見た瞬は何度も打撃を加え、力弥が倒れるまで攻撃を続けた。
「バイバイ」
言葉を残して、瞬はその場を立ち去った。
*
瞬が立ち去って十分。力弥のところに美鶴がやってきた。
美鶴は力弥の様子を見て顔を歪ませる。力弥は仰向けの状態で息を荒げ、胸を抑えている。とても辛そうにしていた。
「何があったの? 薬は?」
美鶴が問い掛けても力弥は答えない。息をするのがやっとの状態だった。
すかさず美鶴は持ってきた鞄から注射を取り出す。力弥の服の袖を捲って、注射の針を刺した。
持ち運べる酸素マスクを力弥の口元にあてようとするが、力弥はゆっくり起き上がり、拒否した。
「瞬が、変える者に、なりやがった。このままじゃ、」
実際に起きてしまったことを伝えようと言葉にする。万全じゃないせいか、言葉に詰まってしまう。
再び、美鶴が簡易酸素マスクを渡そうとすると、振り払って受け取らない。
意地でもしたくない、してられない状況だった。
「分かったから付けなさい。じゃないと、死ぬわよ」
それでも、一向に付けようとしない力弥に美鶴は無理矢理酸素マスクを力弥の口元にあてた。
力弥は不機嫌な顔をするも外そうとはしない。それほどまでに苦しかったのだろう。
「それより、美鶴がなぜここに来ている」
流と勇輝を連れて、本部を離れたはずだった。本部を離れたことを知っているのは癒維だけ。
それなのに、本部から美鶴が来ている。力弥は不思議でならなかった。
「あら、分からない? 司ちゃんから連絡もらったのよ。流ちゃんと勇輝くんを連れていっても、司ちゃんがいるから勝手な行動は無駄よ」
それを耳にした力弥は舌打ちをした。同時に思い出した。
力弥のところに瞬が来ているということは三人のところにも奴らが狙いにくるのでは、と。
焦る気持ちが押し寄せる。
「安心して。司ちゃんのところには癒維ちゃんと隼人くん、探くんが行ってるから。あっちは大丈夫よ」
安堵の溜め息を零した力弥に美鶴は呆れた溜め息を吐いた。
「本部に戻るわよ」
返答を待つ前に美鶴は呪文を唱えるように何かを囁いている。次の瞬間、時空間の門が現れたかと思えば、すぐに二人を飲み込んで消えた。
その場は何もなかったように静まり返った。
瞬、「気が変わった」じゃないでしょ⁉︎
勇輝に嫉妬するのは分からなくもないけど、矛先を力弥さんに向けるなんて…
美鶴さん、ナイス!
ありがとう(T-T)
やっぱり美鶴さん頼りになるよ。
次回は司と流のターンだ!
二人とも無事だといいな。
次話更新日は3月14日(木)の予定です。
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