命を大切に
*この小説はフィクションです。
探に指示をした後、重傷者のところへと向かった寧々は顔をしかめる。その理由は荒い息遣いが真近で聞こえることにあった。
寧々は誰よりも耳が良い。それは人の呼吸音が分かるほどに。歳を重ねていくことに慣れていったはずだった。
過去がどうしても慣れさせず、耳が良すぎる寧々は音を紛らわせる方法として、音楽を聴くためのヘッドホンをしていた。力弥に逢ってからはイヤーマフを勧められ、音を防ぐためには丁度いいと感じて耳にしている。
それでも今は出来ない状況。それに過去を思い出せば、耐えれない状態に陥ってしまうことがある。
まさに今だった。寧々の耳に荒い呼吸が幾つも重なって聞こえてきた。
「なにこれ……。あの時と、」
耐えれない状況に陥っているが、イヤーマフをする訳にはいかない。耳にすれば、ごく僅かな音を逃してしまい、助かる命も助からなくなるかもしれないと思ったのだ。
寧々の脳内にあの悲惨な過去が蘇ってくる。大勢の人が倒れている中、一人その場に立ち尽くしている情景。
寧々はなんとか過去を振り切ろうと必死に耐える。
「なんとか、しなきゃ」
独り言を呟いて、目の前の状況を確認する。
倒れている大きな本棚の下敷きになっている隊員は気を失っている。寧々には呼吸が先程より弱まってるのが分かった。
なんとかしようと行動しようとする。近くには案内してくれた隊員がいる。
手伝いを頼めば、二次災害が起こるかもしれないと考えた寧々は頼めなかった。
大きな本棚を一人で動かすのは至難の業だ。なんとか動かさないと、下敷きになっている隊員は助からないだろう。なんとか本棚を持ち上げようとする。
直後、ここへ案内してくれた隊員が駆け寄ってくる。
「来ないで! あなたまで怪我したら責任を負えない」
「このままじゃ、」
「いいから!」
寧々の気持ちが通じたのか、隊員は本棚から離れ安全な場所へと移動した。
隊員がその場から離れると、寧々は本棚を一人で持ち上げようとする。
「寧々ちゃん、動かさないで!」
寧々の見覚えのある声が大きく耳に届き、手を止める。ゆっくり手を離し、両耳を手で抑えてしゃがんでしまった。
不意に寧々は誰かに背中を摩られる。振り向かず、じっとする。
「寧々ちゃんごめんね。落ち着いたらでいいから、状況教えてくれたらイヤーマフしていいよ。あとは私たちが動くから」
優しい声で寧々に話し掛ける。見覚えのある声に寧々が振り返る。
「嫌だよ。私、助けに来たんだから役に立たないと。癒維さんだってそのために来たんでしょ」
「私は今来たばかり。無理したら、あの人は心配するんじゃないかな。皆んなの過去を知っているからこそ無理はしてほしくないと思うよ」
寧々は気難しい顔をする。
あの人とは力弥のことだ。力弥は言動が荒っぽいが、皆んなのことを心配している。
皆んなの命の恩人でもあるためか信頼も高い。ただ、力弥が一番無理しているのはみんな知っている。
「誰が一番無理してるか知ってる? あの人、力さんが一番無理してるんだよ。だったら、私たちも無理して助けないでどうするって話だよ」
「それは違う。自分の命を大切にしなさい」
唐突に癒維の口調が変わると、寧々の表情も変わった。寧々はそんなことを癒維から言われるとは思ってもいなかった。
癒維は何度も寧々を気に掛けていた。それでも、命を大切にとは口にしてこなかった。
気付かなかっただけかもしれないが、寧々の記憶にはない。口にするのは力弥だけだ。
ぽかんとしている寧々に癒維は笑みを浮かべる。
「私だって言う時は言う。あの人は言葉にするだけで理解していないと思う。自分の命を考えていない行動するもんね」
口にする癒維は苦笑いを浮かべる。寧々はそうだよねと言葉を零す。
「少しは落ち着いたかな。状態を教えてくれるかな?」
寧々の様子から少しだけ不安が消えたと感じた癒維は優しく問いかける。寧々は耳を研ぎ澄まし、軽傷者を含む全員の呼吸音を耳にする。
「ここに来た時は二人の呼吸音が乱れてた。でも今は、増えてる。多分、軽傷者の、ところに、探が行ったから、そこに、居るのかも」
寧々が音を聞いて状態を伝えるが、重なる嫌な音に辛くなり、途切れ途切れになってしまう。
「ありがとう。探くんのところには他の医療班が行ったから大丈夫。後は任せて」
寧々の不安な表情を察した癒維は寧々の背中を摩りながら、寧々の首元のイヤーマフを耳に装着させた。
癒維には耳が良すぎる気持ちは分からないが、辛さは知っている。無理をさせてしまったことに申し訳なさを感じつつも救助者の治療に向かう。
迅速な対応だったため、数時間後には落ち着いた。
ただ一人、自分の身体に違和感を覚えている探だったが、何も言えずに呆然としていた。
寧々ちゃん辛そう。大丈夫かな(๑•ૅㅁ•๑)
探も無理しちゃって…
次回、寧々の過去編です。
次話更新日は2月15日(木)の予定。
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ではノ