お泊まり(犬飼 馨)
この小説はフィクションです。
*前話に続き、今回も火事描写があります。苦手な方はブラウザバックでお願いします。
俺は犬並みに鼻が効く。それが理由で小さい頃に虐められたことがある。でも、それが分かっていても優しくしてくれた優しい友がいた。友とは自然と親しくなっていった。
それが原因で俺は家族を見捨てた。もっと、家族と一緒にいれば良かったと今でも後悔している。
未だにあの時の記憶が蘇る。煙が立ち込める自分の家。炎に包まれている。
あの時、逸樹の家に泊まらなければ良かったんだ。
*
僕は親友の逸樹くんの家に泊まりに来ている。彼は僕の鼻の良さを馬鹿にしない。犬みたいだって馬鹿にする奴らと違っていた。
「馨くんって鼻が良いよね。臭いがきついと苦労しそうだけど、そういうのはどうしてるの?」
不意に質問が飛んできた。僕は逸樹くんに目を向ける。馬鹿にしている、上に見られていると思ったんだ。でも、違った。
逸樹くんは僕の鼻の辛さを分かって心配しているように見えた。僕は逸樹くんからの思いもしなかった言葉に少し考える。
「どうにかして避ける、しかないかな」
僕は苦笑いしながら答えることしか出来なかった。本当は鼻栓を使って嫌な臭いから遠のく。
それでも、本当のことが言えなかったのは、逸樹くんのことをまだ信用しきれてなかったからだと思う。
いつの間にか逸樹くんは僕の目の前にいなくなっていた。声がしていたから不安になることはなかったけど、何か悪いことをしてしまったような罪悪感を覚えた。
「ねぇ、今日は馨くんが居るんだし、あれ食べようよ!」
台所から聞こえてくる声が明るい。でも、僕の好きなものは限られているし、苦手なものだったらどうしよう。なにを食べるのか分からなかった。
慌ただしい足音が聞こえてくると、目の前の扉から逸樹くんが顔だけ出して現れる。
「わぁ!」
突然のことで僕は驚き、思わず声を上げてしまう。一瞬、まるで逸樹くんではない、何かを見てしまったような気がしたから。
「今日のご飯は馨くんの好きな食べ物にしてもらったから楽しみにしてて! じゃあ、少しだけお母さんの手伝いをしてくるね。ゆっくりしてって」
逸樹くんは僕に話しかけると、どたどたと足音を立てて行ってしまった。
そういえば、逸樹くんは時々お手伝いすると話していた。積極的に手伝うのは流石だなと思った。
見習うべきだと思って、僕も料理中心にお母さんの手伝いをしようとするけど、危ないから手伝わなくていいと断られた。
だからといって、家族と仲が悪いわけではない。寧ろ良すぎるくらいだ。
兄ちゃんと遊ぶことが多い。喧嘩は偶にするけど、喧嘩するほど仲がいいって聞いたことがある。
だからか、僕の鼻が効くことで悩むことがあっても話は聞いてくれる。逸樹くんもその一人だからこうしてお泊まりに来ているんだ。
「馨くん、もう少しで出来るよ。それまで遊ぼう!」
僕が色々考えていると、逸樹くんの姿が目に入る。
「え、うん」
咄嗟に僕は返事をする。逸樹くんは遊び道具を持ってこようとまた姿を消した。僕も準備しようと後についていった。
それから、僕たちはカードゲームをして晩御飯を待つことにした。
食卓には僕の好きなオムライス。お泊まりに来ているとはいえ、僕の好きな料理が出されるのは嬉しかった。
僕たちは食卓に向かい合って座る。
「いただきます!」
逸樹くんが大きな声を出すと、逸樹くんのお母さんははーいと軽く返事をする。僕もいただきますの挨拶をして、スプーンを手にした。
瞬間、外からザーッと雨の激しい音が聞こえ、雨の独特な匂いが鼻に流れてきた。
「あれ? 天気予報では雨が降るとはいってなかったのに。ごめん、洗濯物を取り込んでくるから先に食べてて」
「僕も、」
「馨くんを一人にしないであげて」
僕を気にかけて、逸樹くんのお母さんはその場を離れた。逸樹くんは離れていくお母さんの後ろ姿を見ていた。
逸樹くんと待っている間、不意に部屋に眩しい光が差し込んだ。
次の瞬間、地響きのような轟く音が聞こえた。雷だ。僕は驚いて逸樹くんのほうへと目を向ける。
逸樹くんは僕と目が合うと、大丈夫だよと安心させてくれるように声を掛けてくれた。僕がじっとしていると、洗濯物を取り込み終わった逸樹くんのお母さんが戻ってきた。
「今の雷大きかったね。大丈夫だった?」
「うん! 大丈夫だったよ」
「逸樹は強いもんね。馨くんは、」
声を掛けられて戸惑ってしまう。突然、頭を撫でられていた。
「怖かったよね。もう大丈夫よ」
僕は泣いていた。友だちの家に一人でお泊まりに来ているから、家族はここにはいない。突然の雷雨の怖さを思い知った。
「取り敢えず、馨くんのお家に連絡するね。初めて一人でお泊まり頑張ったね」
逸樹くんのお母さんは僕の頭をもう一度撫でると、連絡しにいった。逸樹くんと二人になっても僕たちは言葉を交わすことはない。
雷を怖がっていた僕の様子を伺っているのは分かっている。でも、僕は言葉を口に出せない。
結局、最後まで逸樹くんとは話せず、黙ってやり過ごしてしまった。
「あのね、馨くん。連絡したんだけど、繋がらなかったの。またあとで、連絡してみるね」
逸樹くんのお母さんが戻ってくると、繋がらなかったことを伝えてくれた。家にいる時は誰か出てくれるはずだと思いつつも、連絡が取れないなら仕方ないと思い、気にはしなかった。
どうせ、この雷雨だ。もう少ししたら連絡つくだろうと軽く考えた。
「ご飯冷めちゃったかな? 温め直すね」
逸樹くんのお母さんが口にした直後、外で警報が通り過ぎたのを耳にする。
二人は気には止めないけど、僕は何か嫌な予感がした。気づいた時には逸樹くんの家を飛び出していた。後ろで呼ぶ声が聞こえたけど、それどころじゃない。
僕はまだ降っている雨の中、自分の家へと走り出していた。
僕は逸樹くんの家から外に飛び出してから走り続けていた。向かうのはただ一つ。僕の家。
逸樹くんの家に居た時、僕は警報を耳にした。その瞬間、嫌な予感がしたんだ。
激しい雨の中なんて気にしてられない。ただただ走り続けた。
いつの間にか、雷雨だった天気が弱まっていることに気がつく。僕にはちょうどよかった。
あの時、救急車と消防車の警報も聞こえていた。つまり火事が起きたこと。激しい雨の中じゃ、幾ら利く鼻でも火事があった場所は突き止められない。
だけど今は火事特有の煙などの臭いが微かに鼻を刺激している。僕は迷わず家に向かっていたけど、徐々に強くなる臭いに違和感が膨れ上がった。
家の前に着いた時、それを目にする。僕の家は燃えていた。消防隊が消火活動しているけど、中々消えない。
それほど強い炎になる原因が知りたいと思った。同時に僕は家へと走り出していた。家に帰りたい、そんな気持ちが過ぎる。
「お母さん、お父さん、お兄ちゃん!」
大声を上げて炎に突っ込もうとした。それを遮るように消防隊に止められてしまう。
「ここからは危険だ。離れてなさい」
偉そうな消防隊員に強く言われてしまった。危険なのは知っている。だけど、何もしないままだといなくなってしまう。それだけは嫌だった。
「嫌だ! 僕の家族が! あああ」
僕は知らないうちに叫んでいた。気付いたら、炎は消し去った。家は丸焦げ、遺体が運ばれてきた。
「お母さん、お父さん、お兄ちゃん……」
僕の目から雫が溢れる。
その後はよく覚えていない。ただ、知らないおじさんが僕を助けてくれたのは覚えている。その人が力弥さんだと知るのに時間は掛からなかった。
それから、僕は逸樹くんに何も言わずにこの町から去った。
**
「お前はこれから俺のところで預かることになっている。こいつと仲良くしてやってくれ」
後々、勇輝と出会って組織や目的を知ることになる。俺の中で色々と変わった。力弥さんについていくことに決めた。
次話更新日は2月1日(木)の予定です。