表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

英雄には試練を。聖者には誘惑を。悩める者には夜を。

作者: 天道 一真

 不幸だ。

 

 地上への階段を登った先にある駅の小さな出口で、俺は少しだけ濡れた服の冷たさを感じながら夜空を見ていた。

 雨が、やんでいる。

 俺が学校から帰ろうとしたときには、恐ろしい程の強風と大雨があったのだ。さらに俺の折りたたみ傘が、駅に着く前に壊れてしまっている。加えてカバンも湿っており、中に入っている大切な文庫本がダメになっている。


「理不尽だ……」


 ため息をつき、俺は歩き始める。靴がぐっしょりとしていて気持ち悪い。

 すぐ目の前にある大きな十字路を左に曲がる。歩道をしばらく進むと、左手にドンキ・ホーテがあった。


「酒、飲みたくなってきたな」


 無性に飲酒欲が沸き続けている。

 俺は早速店に入った。初めて来た時は迷路のように思えた店内だが、今では慣れたもので、すぐに酒コーナーに着いては缶をいくつもかごに入れて、精算を済ます。


「いや~、在庫処分セールはありがたいな」


 俺の右手には五、六本の缶ビールが入った黄色いレジ袋があった。今日の授業中で、課題作品について酷評を散々言われてしまい、メンタル的に辛かったのだ。今日はこれで記憶を飛ばそう。二日酔いなんて知るか。

 店を出て、再び帰路につこうと敷地から出ようとする。

 その時に、自転車に乗った男が目の前を通り過ぎる。


「え?」


 思わず声が出た。

 正面からは、ただの不潔そうな人に見えただけだった。だが後ろから見ると、不思議な髪型をしていることが分かったのだ。

 簡単に言うならば……前髪は普通なのに、後ろだけがアフロっぽくなっている、という表現になるのだろうか。


「今度の作品にでも活かそうかね」


 困惑しながらも、俺はまっすぐ歩いてすぐにある小さな交差点を、一つ目の信号で右へ、二つ目で左へ渡る。そしてまた右へ進み、道なりに進んでいく。

 ここは明かりがほとんどなく、割と暗い。さらに軽くS字を描いている。自動車を運転している人は大変そうだ。こちらとしても、ここで見るヘッドライトは眩しすぎる。

 そして歩道は狭い。雨の日は傘を差して歩いている人がそこそこ通るので、避けるために道路に出てしまうことは少なくない。

 二つ目のカーブを超えて、車道の左端に寄って真っ直ぐに進んで行く。右手には個人経営であろう焼き鳥屋や、廃れているように見えるうどん屋がある。まだ入ったことがないので、いつか訪れてみたいものだ。


 ……周りが、静かだ。


 つい、物思いにふけってしまう。なぜ俺は専門学校に入ったんだろう、と。

 いつだっただろう。誰かが言っていた。好きなことを仕事にすると、かえって嫌いになってしまう。正直、半分正解で、半分間違いだと思う。

 周りから評価されるのは、怖い。いくら自分が面白いと思っていても、周りから見るとそうではない。それを嫌というほど思い知らされた。

 ここが出来ていないとか、面白いと思えないとか、共感できないとか。直せばいいだけのことだが、どうも気持ちが追いつかない。毎日毎日、寝ても覚めても自己嫌悪の繰り返し。既存の商業作品も、純粋に楽しめなくなった。必ず、どこかで自らの創作に活かすために、頭が勝手に分析してしまう。おかげで趣味が一つ減った。たまったもんじゃない。

 辛い。入学して半年でギブアップしそうになった。


 だけど――それでも、楽しいのだ。


 自分の中にあるアイデアを、世界を、思いを、形にするのは。

 たったそれだけ。それだけで、俺は体を動かしてしまう。なんでこんな面倒くさい奴になったんだろうな、俺は。

 目の前が少し明るくなっていたことに気づく。いつの間にか、神社の前へ来ていた。神社といっても、小さな夏祭りが開かれるほどの広さで、そこまで大した規模ではないが。 それは向かって左にあり、目の前には小さな十字路と交番がある。

 ここの信号は色が変わるまでの時間が短い。俺が立ち止まって十秒ぐらいで、青に変わった。俺は横断歩道を渡ろうとする。

 すると後ろから光が射し、同時にバシャンッと音が聞こえた。


 ……あー。


 一瞬で己がどうなるかを察してすぐに、自分の体に水しぶきがかかった。車はあっけなく去って行った。


「くっそ、最悪だ……」


 おかげで袋の中の酒にまで水がかかってしまった。帰ってから水道水でゆすごう。

 濡れた服の重みを感じながら歩を進める。

 そういえば、ポケットに入れていたスマホは無事なのだろうか。俺はレジ袋を左手に持ち替えて、右手でスマホを取り出して電源を付ける。いつも通り、液晶画面に明かりが灯る。

 そしてその通知欄には、予期していなかった通知があった。


「――旅行券、当選」


 俺は思わず口に出してしまう。

 顔がニヤける。

 学校に入ってからは経済的な余裕がなく、今まで趣味である旅行が出来ずじまいだったのだ。

 おまけに、目先には連休が待っている。

 ……これはきた。


「さて、どこに行こうかね」


 俺は僅かな明かりしかない道を歩き始める。重くなったはずの足が軽い。

 当日の予定だとか、現地ならではのグルメのことだとか、そんな楽しいことを考えているうちに、暗い路地を通り抜けて歩道へ出ていた。向かい側には中学校がある。

 正門近くにある時計を見ると、時刻は九時になっていた。


「さて、まずは晩酌だ!」


 俺は気分良く二階建てアパートの敷地に入り、一〇一号室のドアを開けた。


〈了〉

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ