例え異種族なのだとしても
「ウルフィー、お待たせ」
私は可愛らしく着飾り、彼の住居を訪ねていた。
日本への短期間ビザしかなかったウルフィーだが、色々な手続きをした結果、日本での永住権を得ていた。
適当な職を見繕って今は小さなアパートで暮らしているのだ。
そして今日は特別な日。
なんと私と彼は、買い物――デートの約束をしているのである。
もちろんまだ、デートとは言っていない。
今日、今日こそウルフィーに告白をする。私はそう決めていた。
――生田くんが見守ってくれている。だから、情けない真似はできないわ。
「はい」と声がし、中から金髪の青年が姿を現した。
「待ってたよ。今から行こうか」
「ええ」
白いワンピースの裾を摘んで微笑んで見せる。まるでお嬢様になったみたいな気分だった。
実はこのワンピース、レイちゃんとメリーさんがプレゼントしてくれたものである。二人は私の成功を祈って選んでくれたのだった。
「可愛いね」
「そうでしょう?」とても嬉しくなり、なんだか踊り出したいような気持ちになった。
鼻歌まじりに私は、ウルフィーとお出かけに出発した。
△▼△▼△
「ご機嫌だね」
「そうかしら? だって今日はとてもお天気がいいもの」
ごまかすように笑いながら、私はすぐ隣のウルフィーを見た。
いつ見ても魅力的な美青年。思わずうっとりしてしまう。
まさか自分がこんな恋をするだなんて思っていなかった。周りに漂う雑魚悪霊が嘲笑う声もまるで聞こえない。
ああ、気分が高まってきた。今から胸がドキドキする。
デパートへやって来た私は、彼と色々買い物をして回った。
綺麗なバッグや洋服を買うようなお金はないけれど、一緒に食べ歩いたりするだけで楽しい。思う存分遊びまくる。
そうしながら、私たちは近況などを話し合ったりした。
「ウルフィーは最近何をしてるの?」
「夜は仕事ができないから、昼のアルバイトをね。学校の職員をしてるんだ」
「すごいわ! いいなあ、私は高三になってから勉強三昧よ。そうじゃない日は丘子さんともののけ相談所だし」
「大賑わいなのかい」
「もちろん。この前なんて、『トイレの花子さん』の相談に乗ったりして……」
最近はお互いに忙しく、しばらく会っていなかったので積もる話はいくらでもある。
けれどいつまでもこうしてはいられない。最後にとあるスポットへ行く予定なのだ。
「ウルフィー。この近くでいいところがあるの、行きましょう?」
「うん」
私は彼の手を引いてデパートを出るなり、その場所へ向かって走り出す。
早く、早く、早く。
はやる気持ちを抑え切れず、息を弾ませ駆け続けた。
△▼△▼△
……この子、変な子だなぁ。
僕は相変わらずそう思う。
いつもは冷静に見えて何かとやらかすし、今はとてもとても興奮している様子。
何がそんなに楽しいんだろう? 僕にはよくわからない。
出会った時から彼女は少し変だった。
第一に僕の住んでいた山は、人が来るような場所じゃなかった。そこに平気で足を踏み入れるなんて無謀だ。
第二に、僕に突然『霊視』だのなんだの言ってきた。それも真面目な顔で、だ。
第三に、僕が狼になっても怖がらなかった。それどころか喜んで、僕を日本まで連れ帰った。
でも僕は、そんな彼女には嫌な気はしていないんだけど。
ずっと一人――いいや一匹狼で、誰も心を通わせられる人なんていないのが当たり前。そんな寂しい僕に温かさをくれたから、彼女が好きだ。
でもどうしてそんなに僕に優しくするのかわからなかった。その上、変なことにも巻き込まれたし……。僕を利用する気かと思ったけど、あの騒動の後も何かと理由をつけては僕に会いに来る。
わけのわからない、不思議な女の子だった。
僕は出自が出自だ。だから人とはあまり接してこなかったし、僕の方がむしろおかしいのかも知れない。それはわからないが、僕の知る普通とは明らかに違う。
そして今日は僕をわざわざ外へ連れ出して、一緒に買い物。
とても嬉しそうにしている彼女を見ていると嫌な気はしないのだが、なんだかむずむずする。気のせいかな?
「ウルフィー、この近くでいいところがあるの。行きましょう?」
僕が「うん」と答えるなり、彼女は僕を引っ張ってどこかへ連れて行く。
まったく、せっかちだなあ。
そして着いたのは、綺麗な花が咲き乱れる公園だった。
日本は自然が少ないと聞いていたが、こんな場所もあるんだな。
そんなことを思っていると、公園の真ん中の噴水のところへ行かされた。そして、ベンチに座らされる。
「どうしたんだい、赤い顔をして」
突然彼女の様子が変わったので、僕は思わずそう言っていた。
公園についてからというもの、綺麗な花々に見向きもしないで上の空のように見えた。どうしたんだろう、何か困ったことでもあったのか?
しかし彼女は、真剣な顔で言ったのだ。
「ウルフィー、あの。あのね、一つ、言いたいことが、あって……。そのっ、私!」
直後告げられた言葉に、僕はぽかんとして口を開けるしかなかった。
△▼△▼△
頬が熱い。熱過ぎる。
気がおかしくなりそうなくらい鼓動が激しかった。落ち着け、落ち着け私。落ち着くのよ……。
電話が鳴った。通話ボタンも押していないのに声が漏れてくる。
「ワタシ、メリーさん。妖魅さん、頑張ってぇ」
ぎくっとした。まさか……どこかから見られている?
けれどいくら見回してもメリーさんの姿はない。でもどこか視線を感じる――。
まあいいわ、なんだか力が湧いてきた。大きく息を吸い、吐く。唇が震えた。
「ウルフィー、あの。あのね、一つ、言いたいことが、あって……。そのっ、私!」
そして、言い切った。
「ウルフィーのこと、大好きなのっ!」
……言ってしまった。
達成感と後悔と不安と恐怖と歓喜が、ないまぜになって私の胸を引っ掻き回す。
生田に縋った時はここまでの躊躇いなんてなかったのになどと思いつつ、私は感情の嵐を必死に抑えて、前を見た。
そこには、美しい緑瞳を驚きに見開いているウルフィーの姿がある。
もしも断られたら。そう思い、私は今にも叫び出しそうになった。でも今ここでそんなことをしたら台なしになる。私は、ブルブルと震える手でスマホを握りしめた。
狼青年と私の視線が、まっすぐに絡み合っていた。彼は一体どんなことを思っているのだろう?
ああ、ああ、ああ。生田くんお願い、私に勇気をちょうだい。
しばらくの沈黙が流れた後、やっと、ウルフィーが問うた。
「……これはその……告白されたってことで、いいのかな?」
「あっ、うんと……。そう。そうなの」
こんなのでは、まともな女じゃないと思われてしまう。そう思われたら私……。
だけれど彼からの答えは、私の予想もしなかったものだった。
「ごめん。それは無理だよ。……僕は、狼男なんだから」
そういう彼の様子は少し悲しげに見えた。
けれど、断られたはずの私の心は、いつになく静かだった。むしろ安堵していたのである。
――ああ、そんなこと。
私は首をゆるゆると振った。
「そんなこと、何の問題もないわ」
「……いいや。だって僕はもののけだ。半妖だ。人間の君と恋するなんて」
人ならざるものを愛するなんて馬鹿みたいだと、私も思っていた。
交われるはずがない。心を通わせられるはずがない。
でも違うのだ。それではあの女と一緒になってしまう。
「あのね、ウルフィー。私、人も人ならざるものも同じだと考えてるのよ。心があり、言葉を交わせるなら、区別する必要なんてないわ」
綺麗事だと言われるかも知れないけれど。
私は人ならざるものを愛している。だから一緒にありたい。一緒にあれるとそう思うようになったのだ。
だから、
「例え異種族だとしても構わない。むしろ異種族結婚上等よ。……私、あなたのことが好き。もっとずっと一緒にいたい。だから、この気持ちを受け取ってちょうだい!」
頭を勢いよく下げて再度の懇願をした。
顔を上げると、そこにあったのは困ったように笑うウルフィーの姿だ。
「わかったよ。そこまで言うなら、僕は」
とうとう私は堪え切れなくなって、彼の胸へダイブした。
△▼△▼△
「おめでとう、おねえちゃん!」
「やったわねぇ」
「妖魅ちゃんグッジョブですよっ」
背後からそんな声がする。
結局、全てを見られていたということか。羞恥に頬がさらに赤く染まる。
けれど一方で私は自分を抑えられず、次々と嬉し涙があふれて来た。
「ありがと……。ありがとうウルフィー……!」
私の髪を撫でてくれる手はゴワゴワしているのに温かく、それだけで幸せだ。
私はそのまま長い間泣き笑い、泣き笑い続けて愛する人に身を預け続けていた。




