犯人に迫る
「……はいこれ五千円。だから今日も」
「わかってるよ……」
昼休み、どうしようもない恋心に頭を抱えながら私が廊下を歩いていると、突然そんな会話が聞こえてきた。
片方は知らない少女の声。そしてもう片方は、
「森原くんだわ……」
声がした方を覗いてみると、そこはトイレだった。
ひと気のない男子トイレと女子トイレの狭間、そこに二人が立っている。
少女の方は気が強そうな目をしていて、森原は相変わらずビクビクしていた。
「あいつら、何してるんだ?」
そう言って近づいていこうとする生田を、私は止めた。周りに見えないことはわかっているが、静かにしてほしかったからだ。
一方の私は慌てて身を隠し、耳を澄まして盗み聞きすることにした。
「……最近、二年一組の女の子がやってきて問い詰められたんだけど……」
「そんなの気にすることないわよ。アンタが口割らなきゃバレないことなんだからぁ。おわかり?」
「う、うん……」
二年一組の女の子、それは私のことであろう。
陰から見ていると、立ち話をする彼らの周りには黒い悪魔のようなものがたくさん蠢いていた。
もちろん二人には見えていないのだろうけれど、あれは大体悪人の周りに寄ってくる化け物だ。あいつらがいることが、森原たちがよくない話をしていることの証左になる。
私は唇を強く噛んだ。
行くべきか、逃げるべきか。
きっと今逃げてしまえば、全ては闇に包み隠される。そうすればきっと、ずっとこのままでいられるのだ。
そんな考えに走ろうとする自分を、私は寸手で収めた。
それでは何もいいことにはならない。このまま有耶無耶にしていたって、それは私の身勝手に終わる。
だから――。
「あなたたち、何を話してるの?」
私は思い切って、トイレの中へ突入した。
△▼△▼△
「う、うわぁっ」
森原が驚いて声を上げる。
もう一人の女子も目を見開いた。「あ、アンタ誰よっ」
私は悪魔たちをかき分けて彼らの前へと進み出る。そして、言った。
「私は妖魅。生田くんの友達よ」
「はぁ!? なんでそんな人間がここに!」
金切り声で少女が怒鳴る。
狼狽えてしまって森原は何も言えないようだ。
「あなたたちのさっきの話、聞いていたわ。森原くん、ズボンの右ポケットに五千円札を入れているわね?」
森原が「どうして」と呟いた。
どうしても何も、全部見ていたのだから当然だ。それに、ポケットからたくさんの『金の虫』と私が勝手に名付けた怪異たちが湧き出ていた。
「出しなさい」
「ひ、ひゃいっ」
怖い顔で詰め寄ると、すぐに堪忍して森原が金を取り出した。
五千円札がピロリと一枚。私はすぐさまそれを奪い取った。
「これはあの子からもらったのよね? 口止め料、そうでしょう?」
今にも倒れそうな蒼白な顔の森原。彼は激しく首を縦にガクガクと振った。
「ちょ、森原! お前何を」
残念ながら、生田の声は私にしか聞こえない。
「今から暴くから」と背後の少年に言って、私はさらに森原を追い込む。
「あなたは生田くんの死の真相を知ってるわね? さあ、全て吐いてしまいなさい。もし拒否するなら、私は警察へあなたたちを突き出す。それでもいいのかしら?」
私がやっている行為は、脅しに他ならない。
でもそれもこれも、哀れな幽霊の少年を成仏させるためだ。負けてはいられなかった。
私のあまりの剣幕に耐え切れなかったのだろう、森原はうずくまってしまった。
「僕は……僕は、そうだ。見ていたのに、見ていたのに助けられなかった……。僕は、生田を」
「な、何言ってるのっ。アンタ、色々勝手にやってくれてるけど、これは一体どういうつもり!?」
「その言葉、そっくりあなたに返すわ。そういえば私に名乗らせておいて、あなたの名前はまだ聞いていないわね。――犯人さん、ここにいる生田くんに思い出させてあげて。彼の死の原因を」
その瞬間、強気に引き結ばれていた少女の唇が、だらしなく解けた。




