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人ならざるものに愛を寄せて  作者: 柴野いずみ@『悪女エメリィの逆転劇』発売中
第九章 妖魅、『もののけ大紛争』を引き起こす
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敵の親玉の正体

 落ちる、落ちる、落ちる、落ちる……。


 地面までの高さはどのくらいだろう。七メートル? いいや十メートル?

 ともかく高い。高い。落ちたら死ぬ。


 しかし、そんなことにはならなかった。


「ガゥガァ!」


 吠え声を上げたウルフィーが、ビルの壁面の出っぱりに手をかけたのだ。

 たくましい腕でなんとか引っ掛かることができたわけだが。


「これからどうするの! 身動き一つしたら落ちるわ!」


「大丈夫! 僕に任せて」


『任せて』だなんて言われて、私はそれ以上何も言えなくなる。

 信じると言ったのは私なのだ。こうなれば最後まで貫くしかない。


「……わかった」


 狼青年は黄金色の尾を揺らし、ビルの壁づたいに走り出した。

 その足取りは危うく、しかし美しい。満月がぽわんと金狼を照らしている。


 私は夜風を思い切り受けながら、ただただレイちゃんを抱き止めていたのだった。



△▼△▼△



「どぅ? 参ったかしらぁ?」


 誇らしげに胸を張るメリーさんの下には、倒れて動かない五人の男。

 決して死んでいるわけではなく、金縛りの怪によって固められているのです。


 あの後、こちらでは大奮戦が起きまして。

 妖怪たちに襲わせたんですけど、さすがは『狩人』。全然負けてくれませんでした。

 あっ、『狩人』ってのは除霊の札を持って街に繰り出す雇われ人、つまり妖怪退治班のことらしいです。


 そしてちょこっと手こずった挙句、あたしは大きな化け物――ヌリカベとかつるべ落としとかを呼び寄せて、その上あたしの自慢の体当たりとかも食らわせちゃって、一人ずつ倒していったわけです!

 それにはさすがの『狩人』たちも敵わなかったのか、あっという間に仕留めちゃいましたよ。


「いや~、どうしましょうね。まあここで大人しくしてもらうのが一番でしょうけど……。とりあえず片付いたわけですし、妖魅ちゃんの待つ上の方にでも行きますかね」


 あたしは男どものことは後回しにしようと決めました。金縛りに見守っててもらえばいいだけですもの。

 一旦はメリーちゃんにでも電話してもらって、妖魅ちゃんの方の状況確認を、ということになったのですが。


「……ワタシ、メリーさん。……。……………………。えぇ!?」


 なんだか、不穏な気配がしました。

 何なのかと問い詰めると、メリーちゃんはこう言ったのです。


「妖魅さん、銃で狙われてるらしいのぉ!」


「銃!?」


 物事というものは常に意外な方向へ進んでいくようです。

 一つだけ、文句を叫ばせてもらってもいいですか?


「これのどこがオカルトなんですか――! もはや怪奇現象の範疇超えちゃってますよっ!!!」



△▼△▼△



 丘子の絶叫が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。


 ほぼ垂直の壁を駆け回るウルフィーにしがみついていた私は、目を回していた。

 あちらへ飛びこちらへ飛びをしていたから、すでに方向感覚はないに等しい。地面が星空だったり空が地面だったり……。もはや頭がパンク状態だ。


 そんな中、突然全身をどこかに打ちつけられて、私は呻き声を漏らしていた。

 地面に落ちたのかと思ったが、どうやら違うらしい。どこかに投げ出されたようだった。


「ごめん、振り落としたみたいだ」


 そう言って申しわけなさそうな顔を寄せてくるのは、金色の狼。

 目がチカチカする中で私はなんとか頷いた。「だい、じょうぶ……」


 薄れそうになる意識をなんとか引き留めようと唇を噛み締める。

 ここで気を失ったら負けだ。しっかりしろ、と自分に喝を入れた。


「レイちゃん……。レイちゃんは」


 見ると、私の腕の中でレイちゃんが窮屈そうにしていた。

 目立った外傷はない様子。慌てて腕を離すと、彼女が勢いよく転げ出した。


「ぷはぁ! はぁ! おねえちゃん、いきがとまる!」


「あっ、ごめんなさい」


 そんなこんな騒ぎつつ、私たちはようやく体勢を立て直した。

 状況を整理すると、壁伝いに走ってきて、今は最上階の窓を突き破って中へ入ってきたところらしい。あたりにガラスが散乱していた。


「気をつけて。あっちの方に、ピストル野郎がいるはずだ」


 この部屋は電気がついておらず薄暗い。が、一つ窓を挟んだ向こうは射撃者のいる部屋であり、バルコニーにいる彼と対戦になるのは必至であろうと思われる。


「下手に動けないわね。……行く?」


「その女の子はここに残った方がいいだろう。できれば君も待っていてほしい」


 ウルフィーに言われて、私は少し躊躇った。

 確かにレイちゃんをあの銃弾の嵐の中に連れ込むのは危険だし、それは私とて同じ。

 でもウルフィーを一人だけで行かせるわけには行かなかった。いくら狼の化け物とはいえど、銃には敵うまい。


「私も行くわ。レイちゃんはここに残ること」


「え、でも。おねえちゃん、いっちゃいやだ。わたしとまってようよ。しんじゃうよ」


 不安そうな目で、私に縋ってくるレイちゃん。

 しかし私は彼女を振り切った。


「いいから、大人しくしてて。戻ってくるから」


 ただの高校生が、銃に敵うのか?

 ――否、断じて否。私は撃たれるかも知れない。そして撃たれたら死ぬ。

 でも現在、状況は圧倒的に不利だ。私たちには何の武器もない。だからと言って、再び窓から飛び出しても地面に降りることはできない。階段を使おうにも襲撃者がいる。

 逃げ場はないのだ。


「はぁ……」


 場違いなため息が漏れた。


 厄介事に絡んでいる自覚はあったけれど、ここまでとは思わなかったわ。でもいいわ、やってあげる。


 私はウルフィーと一緒に、隣の部屋へ出た。


「来たか」


 その人物は笑っていた。狂気的な笑みを浮かべている。

 拳銃を構えているのは、三十代過ぎくらいの女性だった。全身を黒ずくめのドレスで包んだ姿は、童話に出てくるような魔女を想わせる。


 私は正直、度肝を抜かれた。


「ここまで来たのか。……驚いているようだな。まあ、構わない」


 訂正しよう、かなりドン引きした。

 予想に反して女性だったのもそうだし、格好もそうだし、当たり前のように銃をこちらに向けているのもだし、口調とか、色々。

 いやもちろん、これが漫画とかアニメならわかる。しかしこれは現代日本のとある一角で起きている事件であり、だからこそ違和感が半端ない。現実離れしている。


 開いた口が塞がらない私とは違って、ウルフィーは割合冷静だった。


「銃を下ろしてくれ」


「いいや。どうして下ろす必要がある。私の寝首をかくつもりだろう」


「銃を人に向けてはいけないよ」


「そんなのは知っている。知っている上で向けているのだからな」


 本当に日本人? 宇宙人ではなかろうか?

 本気でそう思うくらい、女はとてつもなく異様だった。


「あなたが『妖怪根絶部隊』のリーダーなのね」


「いかにも」


 これが敵の親玉なのか……。意外としか言えない。


 彼女と話していると、なんだか寒気がした。

 それ以前に銃を向けられている以上、下手なことを言ったら撃たれるという恐怖があるのだろうが。


「お前らは私を止めに来たと? 一般人なのに?」


「そうよ。あなたも、霊視者なの?」


「霊視者であることは前提中の前提。私が言っていることは身分だ。一般人が警官に勝てると思うのかと訊いている」


 ――考えてはいたが、やはり。

 日本でピストルを手にできる人間はそれほど多くない。ましてや、拳銃など。

 警官でしかほとんどあり得ない。


「でも私たちは何の罪も犯していないわ」


「不法侵入。これだけで充分だろう?」


「でもあなただってそうでしょう?」


 私の言葉に、彼女は答えなかった。図星と見える。

 しかしここで追求することはできなかった。いつ撃たれるかわかったものではないからだ。


 気づくと私は、ウルフィーの尻尾を強く握りしめていた。

 恐ろしい。とてつもなく恐ろしい。どんな妖怪に対面した時よりも、黒く静かな拳銃を突きつけられている今が、一番怖い。


「大丈夫だよ。僕がきっと、なんとかする」


 そう言ってウルフィーは笑う。いや、正確には狼顔なのでわからないが、笑ったように見えた。


「撃たないでくれ。僕と話をしよう」


「何を言うか半妖が。捻り殺すだけだ」


 目を見てわかった。彼女は、人ならざるものを強く嫌悪している。それこそ今すぐ殺したいと喘いでいるかのように。

 これ以上ウルフィーに喋らせたらまずいと私は思った。だから、声を上げたのだ。


「話をしましょう。あなただって警官なら、安易に殺人は犯せないでしょう?」


 彼女は私を殺せない。私は人間だから。

 すると女はこちらを馬鹿にするように、ふふっと鼻で笑った。


「いいだろう。教えてやる」


 そして彼女はゆっくりと語り始めたのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの正体……霊視能力を持つ○○がまさかの黒幕……でもね、銃を撃つたびに面倒臭い始末書を書かなきゃいけないのよ分かってんのかなこのヒト????
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