襲い来る脅威
「ガォッ! ウォー――!」
「ひぃ、ひぃ」
「殺れ殺れ殺れ殺れ」
金狼――ウルフィーに追い立てられて、男たちが悲鳴を上げていた。
私たちが突入してから五分ほど。
現在に至るまで何があったのか、簡単にまとめるとこうだ。
まず、拘束されていた丘子を、ウルフィーが男たちの気を引いている間に解放。
そして部屋の隅に積んであったお札の束を手に入れ、相手の戦力を減らすことに成功した。そのまま女衆は一旦外へ出て、今はウルフィーが一人……いや一匹で見張り二人組を追いかけ回しているという段階だ。
「見てて面白いですね〜、クスクス」
先ほどまで捕まえられていたとは思えない余裕ぶりで、丘子が笑っている。
私も一度妖怪に捕らえられたことがあるのでわかるが、彼女のいつも通りっぷりはむしろ異常だ。感心するくらい。
「まあでも無事ってことで何より、か……」
そう呟いていると、部屋の中から男二人が飛び出してきた。
私は待ってましたとばかりに男どもにタックルをかまし、転ばす。それを丘子が捕らえた。
「あたしを縛ってた罠で丁寧に縛ってあげますよー。やられたらやり返される、当然ですよね〜」
「わたしも! わたしもてつだう!」
「レイたんはダメ。この男の人たちに悪さされてからだったらいじめてもいいですよー」
丘子の嗜虐的な笑みが恐ろしいし、それにどうしてレイちゃんが痛めつけられる前提なのかわからない。とにかく怖い。
レイちゃんは「はーい」と不満げでありながらも引き下がった。丘子はというと暴れる男たちをロープで縛り、猿轡を嵌めた。
「これで二人捕獲ですね!」
「やけに嬉しそうね。……ウルフィーもありがとう。お疲れ様」
「いやあ、疲れたよ」
のっそのっそと金色の狼が部屋から姿を現した。
彼の毛を撫でたいと思ったが、丘子たちに見られている手前はやめておこう。私はそう自制し、静かに周囲を見回す。
下からはまだ騒ぎの音が聞こえている。上からも、何やら足音がしてきた。
「まだいるのね」
「やったー! こんどはわたしがやっつける!」
「だからレイちゃんはダメだったらぁ。もぉう」
上には何が待っているのだろう。
不安は残るが、とりあえず上へ向かおうということで決まった。
その時、状況の変化の知らせが入った。
現れたのは一つ目小僧。以前とある悩みを抱えており、私が助けてあげた怪異のうちの一体だ。
そんな彼は慌てて階段を登ってきて、私たちに叫んだ。
「下で、変なやつらが暴れてる! 小さい霊たちが一気にやられた!」
△▼△▼△
「あたしは下へ行きます! 妖魅ちゃんは上へ行ってください!」
「どうして」
「上にいるやつを片付けてほしいんですっ。メリーちゃん、あたしと一緒に来てくれませんか?」
「いいけどぉ……」
状況は困惑を極めていた。
一つ目小僧の一声で、丘子とメリーさんは下へ救援に向かうことになったのだ。
霊視できないがために話についていけないレイちゃんは驚き戸惑っている。
下にも行きたいが、私がこの子の面倒を見てあげなくては。私はレイちゃんの体を自分にぎゅっと引き寄せた。
「……じゃあ、私たちは上へ行ってみるわ」
「はいっ! 狼さん、くれぐれも妖魅ちゃんたちを守ってくださいよ? 傷一つでもつけたら殺しますからね!」
「ははは。……恐ろしいことを言うなあ」
――これは安易に怪我をできないわね。
そうして、私とレイちゃんとウルフィーは上に向かい、小僧の先導で丘子たちは下の階へ走り出す。
それぞれの戦いへ出たのだった。
△▼△▼△
「いや〜、やっぱりあなたでしたか」
あたしはそう言って、うっすら微笑みを浮かべていました。
目の前に立っているのは十人の男たち。黒服じゃなく、見た目は普通の人たちです。
老人、中年、青年……。年齢は様々です。あたしはその中に、見覚えのある顔を見つけました。
「奥村きゅん、こんばんはー!」
「なんだお前。気持ち悪い」
乙女心を傷つけるような最高の悪意の言葉を浴びせかけてきた相手、それは言うまでもなくあの霊視少年です!
こんな夜半によくもここまで来れたもんですねぇ〜。感心感心。
「なんだお前かよ。俺は『狩人』なのに呼び出されたから変に思ったんだ。よくもこの場所突き止められたもんだな」
「突き止めたっていうか連れ去られたっていうか? まああたしを引っ捕えてくれた監視さんには感謝しないとですねー」
喋りながら、あたしは男十人を打ち倒す手段を考えます。
もちろんもののけに協力してもらうつもりですが、相手は除霊の札を持っているに違いありません。そう簡単にはいかないでしょうね。
「まあ、いいです。多少手こずっても構いやしません。こんなこととっとと終わらせて、次の都市伝説を見つけなきゃなんですから」
正直こんな戦いどうでもいいんで、今すぐ最恐都市伝説探ししたいもんですね〜。
と・も・か・く、大胆にやって派手なフィナーレさせちゃいましょうか!
老人が棍棒を構え、青年がナイフを手にしていますね。こいつらイカれてるみたいです。
向こうはどうやら殺る気らしいので、こっちも本気でいいでしょう。
「メリーちゃん、お願いしますっ」
「はぁ、わかったわぁ。……みんな、こいつらに死ぬほど恐ろしい思いをさせてやりなさぁい。泡を吹いて倒れるくらいに、ねぇ?」
△▼△▼△
ビルの外階段を登りながら十人弱の黒服団を昏倒させると、あっという間に最上階へ辿り着いていた。
よくよく考えてみれば、この事件が治まった後、暴行罪なんかで捕まらないかしら……。でも大丈夫よね、今のところ流血沙汰はないわけだし、手を出して来たのは向こうなんだから。
そうだ、こんなことを考えている場合ではない。上の部屋には誰かがいるはずなのだ、身構えなければ……。
「おねえちゃんっ!」
レイちゃんの声に振り返ると、すぐ耳元で何かが通り過ぎていった。
同時に響く耳をつんざくような轟音。ひっ、と引き攣るような悲鳴が口から漏れる。
「誰だ、君は!」
ウルフィーが吠えた。
それと同時に、ゆらりと人影が現れる。
どうやらテラスから身を乗り出しているらしいその人物は答えない。
そして次の瞬間、そちらから火花が散った。
「きゃあっ!?」
「ガァッ」金狼の跳躍により、なんとか難を逃れる。
また轟音がした。
私は、いや私たちは、今の一撃で全てを理解した。
相手が自分たちを狙っている。それも、本物の銃で。
「おねえちゃん、こわいよ」
「わかってる。だから静かに!」
真夜中とはいえ、ビルの部屋から明かりが漏れているからこちらの姿は丸見えだ。ここは廃墟ビルだが、どうやらまだ電気は通っているらしくて灯りがついているのだ。
銃声がとどろき、弾丸が迫ってくる。
日本は一般人の銃所有は禁止のはずだ。でも、とても猟銃には思えなかった。これは拳銃だ。つまり相手は警官?
私たちを跨らせたままで、ウルフィーはなんとか銃撃を避け続けてくれている。しかしそれもジリ貧だった。
「下へ逃げる?」
「いや。上から狙われたら余計に不利だ。なんとかして部屋に入れればいいんだが」
「こわい、こわいよ……」
メリーさんがいてくれればよかったのに。彼女だったら、襲撃者の背後に回ることだってできたかも知れない。
けれど私たちはそんなことはできないし、ただ狙われているだけだ。
きっとあいつが組織のリーダーに違いないと私は直感していた。あいつすら倒せればいいのに、どうやっても手が届きようがない。
必死でレイちゃんを抱き込みながら、私は息を潜めるだけだった。何か、何か手段は。逃げたとしても追ってくるだろう。なんとか立ち向かうすべはないか――。
「危ないけど、ちょっと勝ち目があるかも知れない。最悪死ぬ。どう思う?」
「え?」
迫られる決断。
銃弾が嵐のように降り注ぐ中、冷静な判断などできっこない。どちらにせよ死ぬと思い、私は叫んでいた。「あなたを信じてるわ! やってちょうだい!」
その直後、ウルフィーはビルから身を乗り出した。
嫌な予感がしたと同時に彼は、躊躇いなく飛び降りる。
「きゃ――――!」
「いやぁっ!!!」
私とレイちゃんの絶叫と一緒に、私たち三人は真っ逆さまに落ちて行った。




