旅立ち
「行ってらっしゃい。気をつけて行ってくるのよ。……決して無理だけはしないように」
「おねえちゃん、がんばってね! わたし、まってるから!」
手を振るお母さんとレイちゃんを振り返り、私は大きく手を振り返していた。
――いよいよ出発。
不安は残るが、とりあえずは私の役目を果たさなくてはならない。レイちゃんのことはお母さんにしっかりお願いしたので、大丈夫だろう。
お母さんには今回の件のことは知らせていない。私の霊視のことを知っているのはお母さんもなのだけれど……あまり変なことに首を突っ込んでほしくはないから。
この問題は私たちだけで片付けるのだ。
「行ってきます!」
にっこりと笑って見せ、私は家を出た。
△▼△▼△
「妖魅ちゃん、行くんですね」
「ええ」
丘子は珍しく、少し心配げな顔をしていた。
いつもオカルトのことしか頭になく、人のことなんかまるで考えていないような彼女でも、心配はしてくれるのか。そう思い、私はなんだか嬉しくなった。
「戻ってくるまで、相談所も頼むわね」
「はい! 一応閉めてはいますけど、もしひょっこり誰かが来たら、きちんと対応できるように頑張りますね!」
相談所は『監視者』たちに見つからないよう、一時的に封鎖されている。
しかしたまーに丘子が見回りに行くことになっていた。うっかり迷い込む怪異がいるかも知れず、それにも協力を取り付けられたらラッキーだという算段あってのことだ。
「……妖魅ちゃん。こんなこと言ったら悪いのはわかってるんですけど」
「何?」申し訳なさそうに言う丘子の方を私は見た。「別にいいわよ」
「あたしですね、今すっごくワクワクしてるんです。今までにないくらいに、胸が高鳴って」
――唖然としたと言った方がいいだろう。
なぜなら、怖がるならともかく、まさかワクワクなんて言葉を耳にするなんて思わなかったからである。
先ほどは少しまともに見えた彼女が、急に理解し難い存在に思えてくる。
「ワクワクって、どうして」
「あたしはずっと、もう何年も何年も、最恐の都市伝説を探してきたんです。たくさんの怪異たちと出会って、たくさんの経験をしました。でもやっぱり、満足いくものには出会えなくて。……多分あたし、自分で都市伝説を作りたかったんだと思うんです」
「だから、」と彼女は言葉を継ぎ、
「こんな風な体験ができるだなんて、すっごく素敵で。これはきっと都市伝説になる。二人の少女が妖怪たちを守った、そんな都市伝説になるに、違いないんです!」
丘子の夢見るような笑顔を見て、私は思った。
彼女は勝つことを信じて疑っていない。そしてむしろ戦いを都市伝説と捉え楽しんでいるその姿は、少し眩しく見えてしまって。
「そうね。丘子さんの言う通り、これは私たちの伝説の始まりなのよ。いいえ、始まりはもっと前だったかも知れない。物語で言うと、『転』ってところかしら」
「そうですね。ただひたすら妖怪の相談に乗ってるのもあれだったので、急展開がきてちょうどよかったですよ」
私たちはそう言って、笑い合う。
まるで他愛のない世間話でもしているかのように、くすくすと。
「じゃあ、そろそろ」
「はい。気をつけて行ってきてください!」
△▼△▼△
空港に着くのには、少し時間がかかった。
電車を乗り継ぎ、バスを使い、やっとのことで辿り着いた時にはもう夕方だった。
「私、日本を旅立つのね」
飛行機を待ちながら、私は一人そう呟く。
私は外国に行くのは初めてだ。飛行機に乗ったことすらない。
どうせ行くなら、友達と行きたかった。とはいえ友達は丘子しかおらず、今は切迫した状況。くだらないわがままを言っている場合ではないだろう。
……と、飛行機が来たようだ。これを逃したら困るので、急いで乗り込まなくては。
スーツケース片手に、私は空港の中を走る。やっとのことで飛行機の前に辿り着くと、すぐさま飛び乗った。
『まもなく出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。それでは快適な空の旅をお楽しみください……」
飛行機がゆっくりと離陸する。
そうして私は単身で、空の旅に出たのであった。
――『100%の霊能力者』に会うために。




