開店早々のお客様
朝早く、私は小屋の戸を叩いた。
いよいよ開店の日。レイちゃん、そしてメリーさんを引き連れて、相談所へやって来たのだ。
「はーい、どうぞどうぞ!」
中ではすでに丘子が待っていて、ニコニコしている。
私たちはそっと相談所の中へ入った。
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「怪異を呼ぶ呪文は唱えておきました。これですぐに見つけてもらえると思います!」
「悪い化け物は来ないわよね?」
「来ないとも限りませんねー。でもでも、もしそういう時は除霊の札を使えばいいだけですし、気にすることありませんよっ!」
「おねえちゃん、あそぼう」
開店したての相談所に、皆のきゃいきゃい声が響く。
まあ、すぐに誰か来るということもないだろう。今日は一応丸一日ここに滞在することになっているが、先週丘子が言っていた通り普通に過ごすだけで構わない。
私はレイちゃんに絵本を渡してあげた。丘子の影響なのか私の影響なのか、最近レイちゃんは妖怪に興味を持ってしまい、妖怪図鑑ばかり見ているのだ。
一方丘子は、私にスマホを見せては「こんな都市伝説があるんですけど」などとオカルトの話を始め出す。
これがいつもの光景だ。別に、開店したからと言って特別なことは何もない。
「つまらないわねぇ。ワタシ、一旦みっちゃんのところに帰るわぁ」
メリーさんはしばらく黙っていたが、退屈したのかそう言って帰って行こうとした。
……その時だった。
「コンコンコン」
なんと、ドアノックの音が聞こえたのである。
丘子はオカルト話を止め、勢いよく顔を上げた。「お客さんですっ!」
「ほんと!?」
レイちゃんもメリーさんも、すぐさま入り口へ飛んでいった。
まさか、と思ったが、私も彼女らの後を追ってドアの方へ。
そしてドアを開けた向こう、そこに立っていたのは。
「え……?」
ごくごく普通の、土曜日の散歩に出ているような親子の姿がそこにあった。
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初めてのお客様は、一見するとオカルトの無縁の親子。
三十代そこそこと思われる母親と、レイちゃんと同い年くらいの少年だった。
しかし私は、その親子に見覚えがあった。それは……。
「ツトムくん!」
レイちゃんが男の子の方に飛びついて行った。
そう、男の子はレイちゃんの友達であり、私の家にも何度か遊びに来たことのあるツトム少年だったのだ。
そして女性はその母親である。
「れ、レイ。どうしてここに」
「ツトムくんこそ! しばらくあわなかったから、しんぱいしてたんだよ」
「……ごめん」
ツトムくんは俯きがちにそう答えた。
なんだか元気がないように見える。どうしたんだろう?
「あの〜。どういうご関係かは知りませんけど、ちょっといいですか?」
そこへ無粋にも丘子が割って入った。
「お二方はなぜここへいらっしゃったんです? 何かお悩みでも?」
「あの……。え、悩み?」
問いかけられたツトムくんの母親は、ドギマギしてしまっている。
そりゃそうだ、と私は思った。私とレイちゃんとの思わぬ再会に加え、何者かもわからない女子高生、それに空中に浮かぶ人形がすぐ目の前にいるわけだし。
メリーさんもまさか人間のお客様だとは思わなかったらしく、困惑した様子である。
まずはなんとかこの状況を落ち着けないと。
「ええと。……改めましていらっしゃいませ、お客様。ここはもののけ相談所です」
私は接客業の人をイメージし、丁寧に頭を下げた。
「もののけ相談所……?」と怪訝な顔の女性。
ツトムくんは、まだレイちゃんと戯れている。
「お久しぶりです。実は、今日から私、ここの……そう、相談員をやっていまして」
「それでそれで、あたしは妖魅ちゃんの大親友、丘子でーす! ここは化け物とか怪異とか、そういうことに関する相談を受け付ける場所なんです! ここへ来たのは天のお導き、何かオカルト的に困ったこと、ありませんか!?」
丘子が前のめりすぎて、私が言おうと思っていたセリフを取られてしまった。
相変わらずあたふたしているツトムくんの母親は、やっとのことで話し出してくれた。
話によると、どうやら彼女たちがここへ来たのは不本意だったようだ。
少し公園にでも行こうかと散歩していたら、なぜだかここへ行き着いてしまったという。そして不審に思いつつも小屋の戸を叩いてみたら、中から私たちが飛び出してきたというわけだ。
「だから、あの。そこのふわふわ浮かんでいるお人形さんは何かしら?」
「ああ、これは……」
「ワタシ、メリーさん。喋るお人形なのぉ。お客さぁん、ワタシのことはいいから上がりなさいよぉ」
なんとかフォローしようと思ったのに、あろうことか喋りやがった。
ああもうこの馬鹿!
明らかにメリーさんが怪しいのは誰が見てもわかること。しかしそれ以上女性は追求してこなかった。
そのまま、丘子とメリーさんに「さあさあ」と急かされ、相談所の中へ。
レイちゃんも同じようにしてツトムくんを先導していった。
――私は騒がしい彼女らに、「まったく」と悪態を吐きながら、ふと考え込む。
一体あの親子は、どうしてここへ迷い込んできたのだろう? それにツトムくん親子はどこか様子がおかしいように見えたし。
「……はぁ。とにかく、話を聞いてみるしかないか」




