設立へ向けての準備
――なんだかわけのわからないうちに、準備が進んでいた。
「ここを拠点にしましょう!」
そう言って丘子が案内してくれたのは、見るに堪えないボロ家。
もうどれくらい前に建てられたのか、あちらこちらの壁板が崩れ、雨漏りのあとが床に広がっている。
私は「げ」と声を漏らさずにはいられなかった。
「こんな場所を?」
「そうです。ここは元々、うちの祖父の所有の物置小屋でして。祖父が死んで以降、使われてないんですよね。ちょうどいいでしょ?」
確かに、空き家を無断で使ったり、もしくは新しく場所を買い上げることはできないので、ないよりはマシだが。
でもあんまりにもあんまりではないだろうか。
「うっわー、きたないね!」
レイちゃんはまだ礼儀というものを知らないので、あちらこちらをペタペタ触りまくって遊び始めた。
彼女に連れ回されるメリーさんは、「汚いわぁ! やめてぇ!」と悲鳴を上げていた。
うん、やはりレイちゃんは連れてこなかった方がよかったかも。
仕方ない、と私はため息を吐き、あらかじめ持ってきた掃除道具を床に置いた。
「レイちゃん、やめなさい。今からここをお掃除するから」
「はーい」
ここをもののけ相談所に生まれ変わらせる。
掃除するだけでは足りないだろう。壁の穴を塞いだり、屋根に石膏粘土を詰めたり、色々大変な作業が待っている。
私は言い出しっぺのメリーさんと丘子を睨みつけながら、作業を開始した。
* * * * * * * * * * * * * * *
作業は難航した。
掃除するだけで床に穴が開き、部屋の隅を拭けばゴキ〇リが湧き出し……。
あちらこちらで、「うわあ!」とか「きゃっ」とか叫んでいる。加えて、汚いところに集まる厄介な人ならざるものたちがたくさんいて、それを追い払うのにも一苦労だ。
せっかくの日曜日を丸々潰し、夕方頃にやっと終わった。
私はくたくたで、力なく地面に座り込んだ。
けれどまだまだ他の皆は元気なようだった。
「わーい、おわったおわった!」
「疲れたわぁ。さてぇ、これからどうするのかしらぁ?」
「そりゃ早速開店準備ですよっ! 妖魅ちゃん、何座り込んでるんですか!」
まだやるつもりらしい……。
「帰りましょうよ」と言ったが誰も聞いてはくれず、無理矢理付き合わされた。
「はぁ……。本当に仕方ないんだから」
でもそれを喜んでいる自分がいることが、なんとも妙な気分である。
「妖魅ちゃん、手伝ってくださーい」
「はいはい、わかってるわよ」
* * * * * * * * * * * * * * *
丘子がお札を皆に配り出した。
以前、玃猿事件の時にもらい受けた『除霊』や『霊火』の札とはまた違う。
「これは『霊通』の札。霊気のあるものしか通さない、そんなお札です!」
もののけとは無縁な者は、このお札が貼ってあるだけでこの建物に入れなくなるのだという。
厳密にいうと入れなくなるというよりは、認識できなくなるのだそうだ。仕組みはよくわからないが、これで普通の人間たちに怪しまれることがなくて安心だった。
屋根、玄関口、壁、至る所に三人で手分けして貼り付ける。
掃除もそうだったが、メリーさんは人形なので見ているだけ。そのくせ口出ししてくるので少々邪魔なのだが……。
それはともかく、だ。
お札を貼り終わると一度家を出て、遠目から見てみることに。
するとすっかり、ボロ家が古めかしいが見栄えのいい小屋に変身していた。
「なかなかですね! そうだっ、忘れてました」
鞄から何やら取り出し、脚立に登って丘子が家の正面に何かを飾る。
それは、『もののけ相談所』というプレートだった。
「そんなのいつの間に作ったの?」
「今朝です! プラスチックにペンで書いただけですけどねー」
自慢げに胸を張る丘子。
まるで本物の看板のようだ。彼女の腕前に少しばかり感心してしまった。
「よし。今度こそ、完成ね」
「ようやくねぇ。お疲れ様ぁ」
何もしていないメリーさんが、平気な顔で私の肩に乗っかってきた。重い。
一方で、レイちゃんがキラキラした目で尋ねてきた。
「おねえちゃん、それで、どうするの?」
「ええと……」言われてみて、言葉に詰まる。そういえばもののけ相談所と言っても、どうするのだろう?
代わりに答えたのは丘子だった。
「また今度の土曜日、ここへ集合しましょう! そしてただひたすら、お客さんを待つのです!」
「ええっ。でもそんなにすぐ、人……じゃなかった、人ならざるものたちが来るものかしら?」
「来なかったら来なかったで全然OKですよ! いつも通りの女子トークでも繰り広げときゃいいんですから!」
……とまぁ、そういうことらしい。
もののけがこんな場所に相談に来るのだろうか。そう思ったが、私は「まあいいか」と口に出さなかった。
日は暮れて、すっかり暗い。
そのまま、「また明日」と言って解散するはずだったのだが。
「じゃあ妖魅ちゃん、今から設立祝いをしましょう! おうちにお邪魔させてもらっていいですか?」
「えっ!?」
丘子は、我が家へ来る気満々だった。
「今日はお母さんがちょっと留守で。ちょっとくらいいいでしょう? あたし、妖魅ちゃんの命の恩人なんですから」
私は反論できない。
以前の玃猿事件があってから、丘子が強気に出るようになった。確かに彼女が命の恩人なのは事実なのだけれど……。
レイちゃんも、「やったー!」などとはしゃいでいるし、断れなかった。
「ふふふ。妖魅さん、大変ねぇ」
「多少はあなたのせいなのよ、メリーさん」
「いいじゃないのぉ、楽しくなりそうよぉ?」
肩の上で笑う――表情は変わらないが笑い声を立てている――メリーさんに、私は軽く舌打ちで答える。
本当に最近、彼女たちに振り回されっぱなしな気がする。
「皆が皆わがまま勝手で、本当にどうしようもないんだから……」
そう呟くが、しかし私は彼女たちを愛しているのだから変な話だ。
そんなことを考えながら、私は小屋を後にしたのだった。
* * * * * * * * * * * * * * *
もののけ相談所設立祝いはそれはそれはわやくちゃの大騒ぎだったのだけれど、あえて割愛しよう。
私は来たる開店の日に、不安と期待を同時に抱くのだった。




